家出中の猫を拾いました
【第2章】
○自宅のリビング(朝)
目覚まし時計の音で目覚め、寝ぼけ眼を擦りながらリビングへと向かう茜。
ミヤビはすでに起きており、リビングのソファに座ってスマホを眺めている。
起きてきた茜に気づき、にっこりと微笑む。
ミヤビ「おねーさん、おはよ。これから朝ごはん作りたいんだけど、冷蔵庫の食材を勝手に使っちゃってもいいかな?」
茜「う、うん」
ミヤビ「ありがとー。じゃあ、さっそく作るね」
ミヤビは、スマホをズボンのポケットにしまい、キッチンへと向かう。
茜はそんなミヤビを見つめた後、出勤の時間が迫っていることを思い出し、準備に取り掛かる。
普段、仕事で使っているカバンからメイクポーチを取り出し、手鏡を片手に軽くメイクをし始める。
ミヤビ「……」
朝ごはんの準備をしながら、茜がメイクしている姿を横目でちらりと見つめるミヤビ。
茜は鏡に映ったミヤビの視線に気づき、手を止める。
茜「……どうしたの?」
ミヤビ「おねーさん、その会社の化粧品好きだよね。部屋にも化粧水とかメイク落としとか置いてあったし」
茜「あ、うん。いつも化粧品はこの会社の商品を買っちゃうんだよね」
ミヤビ「……ふーん」
茜が答えると、ミヤビは素っ気ない返事をし、冷めたような目で化粧品をじっと見つめている。
茜「ミヤビくん、どうしたの?」
ミヤビ「ううん、別に。おねーさん、すっぴんでも十分可愛いのにって思ってさ」
茜「おっ、お世辞はいいよ……!」
ミヤビ「お世辞じゃないって。もっと自分に自信持っていいのに」
突然の褒め言葉に、茜は顔を真っ赤にさせる。
ミヤビは茜の反応を見て、楽しそうにクスクスと笑う。
ミヤビ「朝ごはんできたよ。ごはん炊く時間なかったからパンにしちゃったんだけど……もしかして朝はごはん派だったりする?」
茜「ううん、どっちでも大丈夫だよ。ていうかすごい! ミヤビくん、料理上手なんだね」
ミヤビ「まぁね」
バタートースト、サラダ、スープ、スクランブルエッグがテーブルに並べられる。
茜は見開いた目をきらきらと輝かせる。
ミヤビは得意げに笑う。
ミヤビ「ほら、早く食べないと仕事に遅れちゃうんじゃない?」
茜「あ、そうだった……。じゃあ、いただきます!」
ミヤビ「どうぞ召し上がれ」
茜は慌てて椅子に座り、両手を合わせる。
茜「ん! すっごくおいしい!」
ミヤビ「ほんと? おねーさんの口に合ったならよかった」
あまりのおいしさに、満面の笑みでパンやサラダを頬張る茜。
ミヤビも椅子に座り、頬杖をつきながら茜を見つめている。
次々と食べ進めていく茜を見て、安心したように微笑んでいる。
茜は、ミヤビの穏やかな微笑みを見て、少しだけ頬を赤らめる。
茜「ごちそうさまでした! じゃあ私、仕事に行ってくるね。家のカギは玄関に置いておくから、もし出かけるならちゃんと戸締りをすること。分かった?」
ミヤビ「……」
茜「……? ミヤビくん、どうしたの?」
ミヤビ「おねーさん、警戒心ないなぁと思って。居候させてもらってるオレが言うのもなんだけど、自分の家に素性の分からない男を一人置いていくのって不安にならない?」
茜(……確かに名前を教えてって言ったのに下の名前だけしか教えてくれなかったし、そもそもミヤビっていうのも本当の名前か分からない。けど……)
じっと茜を見つめるミヤビ。
茜は、先ほどのミヤビの優しい笑みを思い出し、唇を綻ばす。
茜「何となくだけど、ミヤビくんは悪い子じゃないって分かったから」
ミヤビ「……。ふふっ、そっか」
ミヤビはきょとんと目を丸くさせてから、少し照れくさそうに微笑む。
茜「じゃあ、いってきます」
ミヤビ「うん、いってらっしゃい。夜ごはん用意して待ってるね」
玄関で靴を履き、見送りに来てくれたミヤビに手を振る茜。
ミヤビも笑顔で手を振り返した。
〇オフィス内(朝)
広告代理店のプロモーション部門で働く茜。
広々としたオフィスで、社員が使用しているデスクの上には仕事に必要なパソコンや資料がずらりと並べられている。
インテリアとして観葉植物が設置されており、オフィス内の雰囲気を明るくしている。
茜「おはようございまーす」
挨拶をしながらオフィス内に入っていく茜。
先にオフィスに来ていた同僚・甲斐 京一(かい きょういち)が、茜に気づいて軽く手を挙げる。
黒髪のツーブロックのショートヘアにキリッとした目つきが特徴の爽やか系イケメンだ。
京一「おはよう、茜」
茜「おはよー」
京一「あ、そうだ。一昨日の飲み会大丈夫だったか? 相当飲んだって部長から聞いたぞ」
茜「あぁ……う、うん。何とかタクシーで帰れたし大丈夫!」
京一「そうか、ならいいんだけど。茜は強要されると断れないタイプだから心配してたんだよ」
茜「あはは……」
(茜の語り・京一の紹介)
〈彼の名前は甲斐 京一。私と同い年で24歳〉
〈いつの間にかお互い下の名前で呼び合うくらいに仲良くなって、周りには付き合ってるんじゃないかと噂されたこともある。もちろんちゃんと誤解は解いたけど〉
〈京一には何でも話せるし、信頼できるやつだけど……けど……〉
茜(お酒のせいで見知らぬ男の子と同棲することになったなんて、さすがに京一にも言えない……!)
頬を引きつらせながら、茜は苦笑いを浮かべる。
京一は気づいていないようで、ほっとしたように息を吐く。
茜(同棲している間は、何とか隠し通さなきゃな~……)
茜は、困ったように溜め息をつく。
沢本「野元さん」
茜「えっ、あ、さ、沢本さん……!」
後ろから茜の肩を叩くのは、2つ年上の先輩である沢本海浬(さわもと かいり)。
こげ茶色のストレートの髪の毛をふわりと揺らし、柔和な切れ長の目で茜に視線を向ける。
茜は驚きながら振り向き、分かりやすく頬を赤らめる。
沢本「一昨日はありがとう。野元さんがいてくれて本当に助かったよ」
茜「い、いえいえ、いいんです! 気にしないでください!」
沢本「やっぱり野元さんは頼りになるね。あとでお礼にコーヒーでも奢らせて」
茜「は、はい……!」
沢本はひらひらと手を振り、自分のデスクへと戻っていく。
沢本の後姿を、未だに頬を赤く染めたまま幸せそうな表情で見つめる茜。
茜「はぁ……沢本さんかっこいいなぁ……」
(茜の語り・沢本の紹介)
〈彼の名前は沢本 海浬さん。私の2つ年上の先輩〉
〈甘いルックスに誰にでも優しい性格の持ち主で、周りの女性社員たちから『王子』と呼ばれ、めちゃくちゃモテている〉
〈私も、そんな沢本さんに恋心を抱いている一人だ〉
京一「……沢本さんに何かしたのか?」
茜「何かしたっていうか……、一昨日の飲み会で沢本さんが部長に酒を煽られてたから、私が代わりに飲んだんだよね。沢本さん、お酒強くないって知ってたし」
京一「あのなぁ、そういうお前だって酒に強い訳じゃねーだろ」
茜「でも、あの時は沢本さんを部長から救わなくちゃって思って……!」
京一は呆れたように溜め息をつく。
京一「(ぼそりと呟くように)他人のことばっかじゃなくて、まずは自分のことを大事にしろよ……」
茜「ん? 京一、何か言った?」
京一「何でもねーよ」
首を傾げる茜。
京一は赤くなった顔を隠すように、茜に背を向けた。
○自宅のリビング(夜)
仕事が終わり、帰宅した茜。
リビングに向かうと、キッチンで夕食の準備をしているミヤビの姿がある。
ミヤビ「おねーさん、おかえり」
茜「た、ただいま……」
気が抜けてぼんやりと突っ立ったままの茜を見て、不思議そうに首を傾げるミヤビ。
ミヤビ「どうしたの?」
茜「……誰かにただいまっていうの、久々な気がして。すごく嬉しいんだよね」
ミヤビ「そうなの?」
茜「うん。ただいまとかおかえりって、やっぱり心が温かくなるね」
ミヤビ「心が、温かく……?」
嬉しそうに笑顔を浮かべる茜。
ミヤビは目を丸くしたまま。
茜「ていうか、すっごくいい匂い……! 何作ってるの?」
食欲をそそる香ばしい匂いが、茜の鼻を掠める。
茜は興味津々な様子でミヤビの隣に立ち、料理の様子を眺める。
ミヤビ「白いごはんのおかず、豚の生姜焼きと茄子の味噌チーズ焼き。それから、ねぎと豆腐の味噌汁だよ」
茜「わぁ……すごくおいしそう!」
ミヤビ「そろそろできあがるから、おねーさんは椅子に座ってて」
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茜「ごちそうさまでした! 朝もそうだったけど、ミヤビくんの作る料理って本当においしいね」
ミヤビ「おねーさんに気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
茜は、食べ物や料理を作ってくれたミヤビに向かい、感謝するように笑顔で両手を合わせる。
ミヤビは目を細めて喜ぶ。
茜「食材は自分で買ってきたの?」
ミヤビ「うん、おねーさんが帰ってくる前にスーパーで買ってきたんだ」
茜「お金いくらかかった? 私払うよ」
ミヤビ「あぁ、いいよ。居候させてもらってるお礼ってことで」
茜「そ、そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」
茜「今日の質問してもいい? ミヤビくんっていくつなの?」
ミヤビ「20歳。ちなみに大学二年生。でも今は夏休み中なんだ」
茜「あ、そっか。この時期はそうだったね」
(……あれ、大学生ならお金はどうしてるんだろう? 家出してるのに)
茜「そういえば……ソファで寝てもらっちゃってるけど、ちゃんと眠れてる?」
ミヤビ「オレはどこでも寝れるタイプだし平気だよ。うーん、でも……」
茜「でも?」
首を傾げて聞き返す茜。
ミヤビ「できれば、おねーさんと一緒に寝たいなぁ……。ダメ?」
茜「えっ、だっ、だめ! だめだめっ!!」
上目遣いで茜を見つめるミヤビ。
茜は顔を真っ赤にさせて慌てて首を横に振る。
ミヤビ「ぷっ……あっはははは!! 冗談だって」
茜「も、もう……!」
ケラケラと楽しそうに笑うミヤビ。
茜は不服そうに頬を膨らませている。
ミヤビ「おねーさん、面白いなぁ。そうだ、お風呂沸かしておいたから入っておいでよ。何なら一緒に入る?」
茜「入りません!」
ミヤビ「あはははは!」
茜は再び顔を赤くして、リビングを出て行く。
ミヤビは笑いすぎて零れそうになる涙を拭う。
ミヤビ「……おねーさんみたいな人が近くにいてくれてたら、こんな風にならなくてすんだのかな」
一人になったリビングで、ミヤビが悲しげな表情でぼそりと呟いた。