家出中の猫を拾いました
【第3章】
(茜の語り)
〈ミヤビくんと同棲し始めてから、さらに3日が経った〉
〈一昨日の質問で、料理だけじゃなくて家事全般が得意だということを知った〉
〈昨日の質問では家出した理由を聞いてみたけど、逃げてきたと一言だけ話して、あとは詳しいことは教えてくれなかった〉
〈でも、ミヤビくんのおかげで部屋もぴかぴかだし、毎日すごくおいしい料理を作ってくれる〉
〈それにミヤビくんと過ごす時間は、一人暮らしで寂しい思いをしていた私にとって救いでもあった〉
〈まだまだ謎は多い子だけど……〉
〇 オフィス内(夜)
仕事が終わり、外はすでに真っ暗になっている。
荷物をカバンに詰めて帰りの支度をしている社員たち。
茜はデスクから動かないまま、ぼーっとしている。
茜(今日はどんなことを聞こう……。でも、昨日の質問はあまり答えたくなさそうだったし、家出したことは無理に聞かないほうがいいのかな)
京一「茜、ぼーっとしてどうしたんだ?」
茜「あ……ううん、何でもない」
心配した京一が、茜のもとに歩み寄る。
我に返った茜も立ち上がり、帰りの支度を始める。
京一「……なぁ、悩み事でもあるのか? もしかして沢本さんのこととか」
茜「ううん、沢本さんは関係ないよ……!」
京一「じゃあ、何かに悩んでるっていうのは事実なんだな」
茜「あ……。な、ないない、悩みなんてないって!」
顔を強張らせる茜。
京一は怪しむようにジト目で茜を見つめる。
京一「……はぁ、分かった。茜が話したくないなら、無理には聞かねーよ」
茜「京一……」
京一「俺はいつだって茜の味方だからな。相談したくなったら、いつでも話聞いてやるよ」
茜「だから、悩みなんてないって。……でも、ありがとう」
京一「おう」
茜の言葉に、京一はニッと笑った。
○自宅のリビング(夜)
自宅に到着した茜。
カギを開けて玄関に入る。
茜「ただいま~。……あれ?」
しかし、リビングの電気はついておらず、人の気配がない。
茜は、おそるおそるリビングへと向かっていく。
茜「ミヤビくん?」
リビングの電気をつけ、辺りを見回してみるがミヤビの姿はない。
茜(どこ行っちゃったんだろう。もしかして出て行ったとか……)
不安に思う茜。
すると、玄関からドアが開かれる音が聞こえてくる。
ミヤビ「おねーさん、ごめん。遅くなっちゃった……」
顔を俯かせたまま、ミヤビに近寄る茜。
茜にがっしりと肩を掴まれて、ミヤビは身体をびくつかせる。
ミヤビ「お、おねーさん……?」
茜「よかった、出て行ったかと思っちゃった……」
ミヤビ「……」
ほっと胸を撫で下ろす茜。
ミヤビは心配されていたことに驚いたのか、きょとんとしている。
茜「今日の質問です。こんな遅くまでどこに行ってたの?」
ミヤビ「……実は、バイトやってるんだよね。昨日や一昨日もシフト入ってたんだけど、今日は少し長引いちゃって」
茜「もう……遅くなるなら遅くなるってちゃんと連絡してよね。心配したんだから」
ミヤビ「だって、おねーさんの連絡先知らないし」
茜「あ、そっか……ごめん!」
慌てて謝罪する茜。
そんな茜を見て、ミヤビは楽しそうに笑う。
ミヤビ「じゃあ、おねーさんの連絡先教えて。遅くなるときはちゃんと連絡するから」
茜「あ……うん!」
ミヤビはポケットからスマホを取り出す。
茜もカバンからスマホを取り出し、ミヤビに差し出した。
茜のスマホを受け取り、ミヤビは手馴れた手つきで操作していく。
ミヤビ「はい、これでおっけー。おねーさんも何かあったら連絡してね」
茜「うん、ありがとう」
ミヤビは、茜にスマホを返す。
ミヤビ「……あ」
茜「……? ミヤビくん、どうしたの?」
ミヤビ「急いで帰ってきたから、夜ごはんの材料買ってくるの忘れちゃった……。ごめん、今から買ってくる」
茜「いいよいいよ、バイトで疲れてるんだし! まだ冷蔵庫に野菜とかお肉とかあったよね?」
ミヤビ「うん、あったと思うけど」
茜「じゃあ、今日の夜ごはんは私に任せて!」
茜は得意げに笑みを浮かべ、胸を叩いた。
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茜「じゃーん、完成!」
大根や白菜、鶏肉や豆腐が入った、塩ベースのシンプルな鍋料理が完成する。
ミトンをつけ、茜は鍋敷きが置いてあるテーブルへと鍋を運んでいく。
茜「夏だし鍋料理は暑いかなって思ったんだけど……冷蔵庫に余ってた食材見てたら鍋料理しか思いつかなくて」
ミヤビ「すごくおいしそう! 冷房で体冷やしやすい季節でもあるし、ちょうどいいよ」
ミヤビは「いただきます」と両手を合わせる。
おたまを使って鍋の具材を小皿に入れる。
茜「……どうかな?」
ミヤビ「うん、おいしい! 味もさっぱりしてて食べやすいよ」
茜「よかった。私の家って大家族だから、時間ないときはよく鍋料理にしてたんだよね」
ミヤビ「へぇ、そうなんだ」
茜「鍋料理はみんなで囲んで食べることもできるし、大好きなんだ」
茜の話を楽しそうに聞いているミヤビ。
ミヤビ「いいね、大家族。毎日楽しそう」
茜「そりゃあ退屈はしなかったけど、弟も妹もやんちゃで大変だったよ。しょっちゅうケンカしてたし」
ミヤビ「……そっか」
ミヤビは笑顔で返事をしたあと、寂しそうな表情をしながら目を伏せる。
茜はそれに気づいて、同じように眉を下げながらミヤビを見つめた。
(茜の語り)
〈ミヤビくんは家族の話をすると、ときどき寂しそうな表情をする〉
茜(家出していることと家族のことは、何か関係があるんだろうか……)
それでも話したくないことを無理やり聞くことはできないため、口を噤む茜。
しかし、表情を曇らせているミヤビに何とか笑顔になってほしくて、少し間を置いてからゆっくりと口を開く。
茜「ミヤビくん、いつもおいしい料理を作ってくれてありがとう」
ミヤビ「え……?」
茜「バイトで忙しいのに、毎日リビングや部屋を隅々までぴかぴかに掃除してくれてありがとう。それから、私が仕事から帰ってくる時間に合わせてお風呂を沸かしておいてくれてありがとう」
ミヤビ「お、おねーさん、いきなりどうしたの?」
茜は、ミヤビを真剣な眼差しでミヤビを見つめる。
ミヤビは、思いもよらぬ茜の言葉に慌てた様子を見せる。
茜「私の家ではね、助けてもらったらちゃんとお礼を言うこと、悪いことをしたらしっかり謝るっていうのが家族のルールだったんだ。だからちゃんとお礼言おうと思って」
ミヤビ「う、うん……?」
茜「私、同棲してから毎日ミヤビくんに助けてもらってるし、仕事忙しいときも多くてなかなか自炊とかできなかったから、ミヤビくんには本当に感謝してる。ありがとう」
茜の言葉を静かに聞くミヤビ。
茜「それに一人暮らしは寂しかったから、ミヤビくんみたいな話し相手がいるのが嬉しいんだ」
ミヤビ「……」
茜「ミヤビくん?」
茜から顔を背けるミヤビ。
不思議に思った茜は、頭にクエスチョンマークを浮かべる。
ミヤビ「こうやって面と向かってお礼を言ってもらえたことってあんまりなかったから、ちょっと恥ずかしくて……」
片手で顔を覆い、赤くなった顔を隠すミヤビ。
茜は驚いたように目を見開かせる。
ミヤビ「おねーさんの言葉って、すごく真っ直ぐだよね」
茜「そ、そうかな」
ミヤビ「うん。おねーさんが言ってた心が温かくなるって意味、分かった気がする」
ミヤビの言葉に茜も照れたように頬を赤く染める。
ふっと優しく微笑むミヤビ。
ミヤビ「こっちこそありがとう、おねーさん」
ミヤビは満面の笑みを茜に見せた。