家出中の猫を拾いました
【第4章】
〇 オフィス・廊下(昼)
(茜の語り)
〈私、野元茜は現在……〉
〈とんでもない現場に遭遇しております〉
何かから隠れるように、壁に背をついて息を潜める茜。
壁に手をつき、様子を見るために少しだけ顔を出す。
茜の視線の先には、女性社員と沢本の姿。
女性社員「さ、沢本さん……好きです! 付き合ってください!」
女性社員は頬を赤く染め、沢本に向かって頭を下げる。
沢本「ごめん、キミとは付き合えない」
女性社員「え……」
沢本は特に悩む様子もなく、無表情で答える。
女性社員はショックを受け、その場で立ち尽くす。
女性社員「わ、分かりました……。いきなり告白しちゃってすみませんでした……っ」
女性社員は涙を拭いながら、沢本に背を向けて走り去っていく。
沢本は小さく溜め息を吐いた後、茜がいる方向へと歩いていく。
茜(まずい、沢本さんに見つかる……!)
沢本「……あ」
慌てて逃げようとしたが、沢本に気づかれてしまう茜。
逃げるのを諦める。
茜「ご、ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんですけど……!」
沢本「いいよ、別に。俺たちがいたから通れなかったんでしょ? こっちこそごめんね」
茜「いえ……」
沢本の優しい微笑みに、茜は顔を赤くさせる。
茜「あ、あの、沢本さん」
沢本「ん?」
茜「沢本さんって彼女いないんでしたよね。その……作りたいって思ったこととかないんですか?」
沢本「……野元さんには、先に話しておこうかな」
沢本は真剣な表情で茜を見つめた。
〇 オフィス内(夜)
仕事を終えた周りの社員たちが、挨拶をしてオフィスを出て行く。
昨日と同じく、茜はデスクから動かないままぼーっとしている。
茜「はぁ……」
落ち込んでいる茜。
力なく溜め息を吐く。
〇 (回想) オフィス・廊下(昼)
沢本「俺、本当は付き合ってる人がいるんだ」
茜「え……」
沢本「大学時代から付き合ってる人で、近々プロポーズするつもりなんだよね」
沢本の話を聞き、驚きのあまり立ち尽くす茜。
沢本「周りの人たちに冷やかされるのが嫌で、ずっと嘘をついてきたんだけど……。せっかく勇気を出して告白してくれる人に断り続けるのも何だか申し訳なくってさ」
茜「そ、そうだったんですか……」
沢本「プロポーズが成功したら、周りの人たちにも本当のことを言おうと思ってるんだ。だから、まだ内緒にしておいて」
茜「……はい、分かりました!」
人差し指を唇に当て、優しく微笑む沢本。
茜は自分の想いが沢本にバレないように、にっこりと作り笑顔を浮かべた。
(回想終了)
〇 オフィス内(夜)
京一「……い、おーい、茜」
茜「うわぁ!! 京一!?」
京一「またぼーっとしてたぞ。どうした?」
茜「……失恋しちゃって」
京一「失恋? 沢本さんにフラれたのか?」
茜「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
落ち込んでいる茜を心配そうに見つめる京一。
突然、茜の腕を掴み、自分のほうへと引っ張る。
京一「茜、飲み行くぞ」
茜「え?」
京一「明日は休みなんだし、特に予定もないだろ?」
茜「まぁ、そうだけど……」
京一「じゃあ行くぞ」
茜「ちょっ……、京一! 分かった、分かったからそんな引っ張らないでよ」
茜(ミヤビくんに連絡しておかなくちゃ……)
京一に半ば強制的に連れられ、茜はカバンを持ってオフィスを出た。
〇 居酒屋(夜)
間接照明の暖かな光が照らす、オシャレな雰囲気の居酒屋。
週末ということもあってか、店内はたくさんの客で賑わっている。
茜と京一は、テーブル席で向かい合ってお酒を飲んでいる。
茜「分かってるのよ、私にはつくづく運がないって……!」
京一「おい、茜。誘ったのは俺だけどさすがに飲み過ぎだぞ」
茜「今までの恋愛も友達止まりで終わっちゃうしなぁ……」
京一「ダメだ、聞いてねーな」
すでにお酒で酔っ払ってしまっている茜。
京一は、茜の愚痴を呆れながら聞いている。
茜「私はこれからずっと彼氏ができないのか……うぅ……」
京一「……」
机に突っ伏して、落ち込む茜。
京一は何か言いたげに茜を見つめている。
茜「京一、今日はありがとね……」
京一「いや、久々に茜と飲みたかったし気にすんな」
茜「ふふっ、京一はやっぱり優しいなぁ」
机に突っ伏しながら、茜はクスクスと笑う。
京一「なぁ、茜。俺、お前のこと……」
茜「くかー……」
京一「えぇ……、このタイミングで寝るのかよ」
京一は、寝息を立てている茜に気づいてがっくりと肩を落とす。
京一(……酔っ払ってるときに言うことじゃねーよな)
京一は、少しだけ頬を赤く染めたまま、後頭部をがしがしと掻いた。
○ 自宅の玄関(夜)
酔っ払った茜を背負いながら、茜の自宅へと辿り着いた京一。
京一「茜、家についたぞ」
茜「う~ん……」
京一「ったく……ほら、カギ渡せ。寝室まで運んでやるから」
茜はカバンの中から自宅のカギを取り出し、京一に渡す。
京一は茜をおんぶしたまま家のカギを開けた。
茜を背中から降ろし、玄関に座らせる。
京一(あれ、リビングの電気が点いてる……。誰かいんのか?)
リビングのほうをじっと見つめる京一。
リビングで茜の帰りを待っていたミヤビが玄関へと向かう。
ミヤビ「おねーさん、おかえ……り……」
京一「……え?」
京一を見て、目を丸くするミヤビ。
そんなミヤビを見て、動きを止める京一。
京一(お、男……?)
京一がじっと見つめていると、ミヤビはにっこりと微笑む。
ミヤビ「ミヤビって言います。おねーちゃんとは親戚同士で、訳あって居候させてもらってるんです」
京一「そ、そうなんですか……」
咄嗟に嘘をつくミヤビ。
京一は特に疑う様子もなく、こくりと頷く。
ミヤビ「わざわざ家まで送ってくださってありがとうございます。あとはオレに任せてください」
京一「お、お願いします……。じゃあ、俺はこれで」
茜をそっと抱き寄せるミヤビ。
京一は戸惑いながらも軽く頭を下げる。
京一(親戚と住んでるって、あいつ言ってたっけ……?)
茜の家を出て、京一は不思議そうな表情で家のドアを見つめた。
〇 自宅の寝室(夜)
茜を支え、ベッドへと運ぶミヤビ。
茜をベッドへ横たわらせると、そっとタオルケットをかけた。
ミヤビ「……まったく、おねーさんってお酒に強くないでしょ。初めて会ったときも、こうしてべろべろに酔っ払ってたよね」
不満そうな顔をしながら、茜の寝顔を見つめるミヤビ。
ミヤビ「酔っ払ったときのおねーさん、すっごい無防備なんだからさ。いつかこうやって、変な男に襲われたりしたらどうするの?」
茜の頬をそっと撫で、ミヤビは顔を近づけていく。
その時、茜の唇がゆっくりと開かれることに気づき、動きを止めた。
茜「さわもとさぁん……好きだったのになぁ……」
茜の閉じられた瞳からは、一筋の涙が流れる。
ミヤビ(何やってんだろ、オレ……)
我に返ったミヤビは、そっと茜から離れた。