家出中の猫を拾いました

【第５章】

　

〇 自宅の寝室（朝）


茜「ん……」


ベッドで眠っていた茜が目を覚ます。
ゆっくりと起き上がり、ベッドから出ようとする。


茜「あいてて……また飲みすぎちゃったなぁ……」


二日酔いの頭痛に顔をしかめながら、頭をおさえる。



〇 自宅の寝室（朝）


茜がリビングに向かうと、ミヤビがキッチンに立ち、何かを作っている。
リビングにやってきた茜に気づき、振り替える。


ミヤビ「おねーさん、おはよ。体調は大丈夫そう？」
茜「おはよう。うん、ちょっとだけ頭痛かったけど」
ミヤビ「食欲あるならお粥作ってあげようか？ 消化にいいもののほうがいいでしょ」
茜「いいの？ ……じゃあ、お願いしようかな」


ミヤビに椅子に座って待つよう促される茜。


沢本『俺、本当は付き合ってる人がいるんだ』
茜（うわ……沢本さんの言葉、思い出しちゃった）


素直に座って待っていると、昨日の沢本の言葉を思い出してしまう茜。
ずきずきと心が痛んでいき、瞳を潤ませる。



〇 (回想) オフィス内（夜）


(茜の語り)
〈私が沢本さんに恋をしたのは、入社してからすぐのこと〉


ほとんどの社員たちが帰ったあと、残業をする茜。


茜「んん、こんな感じでいいのかなぁ……」


茜は、手元のメモとパソコン画面を交互に見やり、難しい顔をしている。


沢本「あれ、野元さん。まだ帰ってなかったの？」


残業をしている茜を見て、目を丸くしている沢本。
茜の近くに歩み寄り、パソコン画面を覗く。


沢本「それ、さっきの会議の議事録？」
茜「は、はい。先輩に頼まれたんですけど、なかなかまとめるのが難しくて……」
沢本「ふーん、そっか」


それだけ言い残し、沢本は茜のもとを離れてオフィスを出て行く。


茜（え、それだけ……？）


茜は眉をひそめながら、去っていく沢本の後ろ姿を見つめる。


(茜の語り)
〈沢本さんとちゃんと話したのは、そのときが初めてで……〉
〈正直、つかみどころのない人だなって思った〉


茜（ま、いっか。早く終わらせられるように頑張らないと）


気持ちを切り替えて、再びパソコン画面と向き合う。
しばらくすると、再び沢本がやって来る。


沢本「はいこれ。ずっとパソコンと向き合ってるし、少し息抜きしたほうがいいよ」
茜「あ……ありがとうございます」


沢本から冷たい缶コーヒーを受け取る茜。
沢本は茜の隣に座り、画面に表示されている議事録を確認している。


沢本「うーん、もうちょっと簡潔に書いたほうがいいかな」
茜「やっぱり長いですか……？」
沢本「議事録は自分だけが読むものじゃないし、他の人や上司にも分かりやすいようにまとめないといけないからね。会議のメモ、貸してごらん」
茜「は、はい！」


沢本は、メモを見ながら茜に議事録の書き方を丁寧に教える。


(茜の語り)
〈でも、私の作業が終わるまでずっと待っててくれて、すごく優しい人だって分かった〉
〈それからずっと沢本さんのことを目で追うようになってしまったんだ〉


（回想終了）



ミヤビ「……さーん、おねーさーん」
茜「わっ……！」
ミヤビ「お粥、できたよ」


ぼーっとしていた茜の顔を覗き込むミヤビ。
茜の目の前には、いつの間にか一人分用の大きさの鍋が置かれていた。
鍋の中には、真ん中に梅が添えられたシンプルな白粥が入っている。


ミヤビ「食べられるだけでいいからね」
茜「うん、ありがとう。いただきます」


茜は、いつも通り両手を合わせてからお粥を食べ始める。
ミヤビは茜をじっと見つめている。


茜「……ミヤビくん、そんなにじっと見られると食べづらいんだけど」
ミヤビ「あ、ごめんごめん」


昨日の茜の涙を思い出すミヤビ。


ミヤビ「おねーさん、二日酔いひどい？」
茜「うーん、起きたときにちょっとだけ頭痛かったけどもう大丈夫！ どうして？」
ミヤビ「おねーさんが平気なら、ちょっと連れて行きたいところがあるんだけど……」
茜「？」


ミヤビの言葉に、茜は首を傾げた。



〇 水族館（昼）


茜「うわぁ……！ 水族館に来たのなんて何年振りだろ」
ミヤビ「休日だし、やっぱ人多いね」


ミヤビ「おねーさん、ここで待ってて。チケット買ってくる」
茜「え、いいよいいよ！ 私も払う……」
ミヤビ「こういうときぐらいしかおねーさんに恩返しできないし、ここはオレに奢らせて」
茜「じゃあ……お願いします」


茜が頭を下げると、ミヤビは満足そうに笑う。

水族館内を歩き回り、水槽内の生き物を眺める二人。
イルカショーを見たり、生き物と触れ合ったり、館内のショップを見たりと楽しんでいる。

時間が経ち、まだ見ていなかった水槽を眺めながら、茜は隣にいるミヤビに視線を向ける。


茜「ねぇ、ミヤビくん。質問してもいい？」
ミヤビ「うん、どうしたの？」
茜「どうして水族館につれてってくれたのかなって思って……」


ミヤビは茜から視線を外し、水槽内を優雅に泳ぐ魚を見つめる。


ミヤビ「おねーさん、なんか辛いことがあったんでしょ？」
茜「え……？」
ミヤビ「オレさ、辛いことがあったら水族館によく行くんだよね。オレなりの励まし方」


そう呟いたミヤビの表情が少し寂しげであることに気づく茜。
茜はじっとミヤビの姿を見つめていた。



〇 水族館（夕方）


茜「今日はありがとう。水族館なんて久しぶりだったからすごく楽しかった」
ミヤビ「ううん、オレも行きたかったし気にしないで。おねーさん優しいし、次の恋はきっとうまくいくって」
茜「あはは、そうかな……って、えぇ！？ 何で知って……」
ミヤビ「だって昨日、寝言で言ってたし」
茜「うわぁ、恥ずかしい……」


顔を真っ赤にする茜。


茜「ていうか、京一にもちゃんとお礼言わなくちゃ。家まで送ってくれたのもきっと京一だよね」
ミヤビ「……キョウイチって呼んでるってことは、あの人がサワモトさんじゃないんだね」
茜「え、なんで沢本さんまで知って……？ って、もしかして……」
ミヤビ「うん、寝言で」
茜「デスヨネ……」


まるで湯気でも出るんじゃないかという勢いで、さらに顔が真っ赤になっていく赤ね。
ミヤビはニコニコと笑っている。


ミヤビ「もし、おねーさんにこの先ずっと彼氏ができなかったら、オレがなってあげるよ」
茜「え……！？」


ミヤビの言葉に、茜は驚きで目を見開く。


ミヤビ「ふふっ、おねーさんの反応は相変わらず面白いなぁ」
茜「あ、またからかったの！？」
ミヤビ「さぁ、どうかな」


ミヤビはケラケラと笑いながら歩き始める。
茜は、拗ねたように唇を尖らせたまま、ミヤビの背中を少しだけ睨んだ。