優等生の恋愛事情
当たり前のこと、わかっていたこと。
彼女が楽しそうに笑っていられる学校がいい学校なんだって、心からそう思ってる。
なのに――。
ちょっと淋しいような、悔しいような、そんな気持ちになってしまう僕って、本当まだまだだなって思う……。
「ここからが部室棟なの」
そこはとても静かで、廊下の真ん中には手作り感満載の看板があって「ここから先は非公開エリアです!」と書かれていた。
「今日はみんな公開エリアに詰めてるから。基本的にこっちにはあんまり人がいないの」
「そうなんだ」
「大丈夫だよ。うちの部は誰もいないし。それにね、お客さんは立ち入り禁止みたいに書いてあるけど、OB・OGの人とか差入れ持って平気で入って来てたし。意外と緩いの」
それでも、他校の僕が気軽に入るのはどうかと思ったけど……とりあえず気にしないことにした。
「何の変哲もない部室ですが……」
囲碁部の部室は思ったよりも狭かった。
けれども、とても整理整頓されていて、なんというか、本や道具がとても大事にされているような、そんな印象だった。
「よその学校の部室にいるなんて、すごい不思議な感じだな」
「だよね」
狭い部室にふたりきり。
少し西日が差しているものの、部屋は薄暗くて静かだった。
「諒くん、ごめんね」
「え?」
(聡美さん???)
謝られた意味がまったくわからない。
「お店に来てくれたらおもてなしするねって言ってたのに、なんか急に予定が変わっちゃって……」
(なんだ、そんなこと気にしてたんだ)
「謝らないでよ。別に誰が悪いって話でもないんだし」
「うん、ありがとう。でも、だからせめて衣装だけでも見てもらえたらなぁって思って……」
(そうか、僕が“絶対に見たい!”って熱望するようなこと言ってたから)
本当、真面目で律儀な彼女らしいと思う。
そんな彼女が可愛くてたまらないのに、意地悪したくなるのはなぜだろう?
「じゃあさ、お約束のご挨拶とかやって欲しいな」
「ええっ」
「“おかえりなさいませ――”ってやつ。だって、お店ではお客さんにやってたんだよね?」
「それはっ」
「ダメかな?」
僕はよく知っていた。
彼女がきっと「ダメ」だなんて言えないことを。
「ダメ、じゃないけど……」
「じゃあ、お願いします」
「……1回だけだからね」
「うん。写真撮らせてね」
「ええっ」
「絶対誰にも見せないから」
見せるわけがない。
絶対に誰にも見せるもんか。
お店でお給仕する彼女は見られなかったけど、僕はかえってラッキーだったと思う。
だって、今は――。
「“おかえりなさいませ。ご主人様”」
長いスカートを軽く持ち上げるようにして、背筋は伸ばしたまま、礼儀正しく膝を折る。
猫耳メイドさんの目の前にいるのは僕ひとり。
恥ずかしそうに微笑む彼女は、僕だけの彼女なのだから。