優等生の恋愛事情
美術工芸部の展示はすごく楽しみだったけど、やっぱりちょっと不安でもあった。
不安というのは「諒くんが折り紙でブラジャー作っていたらどうしようっっ」とかじゃなくて。
当てこすりを言われたらとか、そういうやつ……。
何言われても平気なつもりだけど、本当のところは、まったく平気なわけじゃない。
楽しい気持ちに水をさされるのは腹が立つし、他人にとやかく言われるのは鬱陶しい。
何より、諒くん本人がいくら平気だと言っても、やっぱり――彼があれこれ言われるのは、本当に嫌だし悲しくなる。
けれども、そんな心配は杞憂だった――。
「諒くん、あの方々は……???」
「元部長の千住(せんじゅ)先輩と彼女さんだよ」
展示室の奥に鎮座するふたりは、まるで精巧なオブジェのように見目麗しく、どこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。
(あの制服、真綾さんと同じ学校の……)
いわゆるお嬢様学校と名高い女子校のその制服は、男子校の文化祭ではものすごいインパクトがあった。
「おっ、三谷じゃん」
「まあ!三谷クン!」
やんごとなきオーラのお二人が、諒くんに気さくに声をかける。
よくわからないけど、諒くんは彼女さんとも面識があるみたい。
「おつかれさまです、千住先輩。上野(うえの)さんも、お久しぶりです」
「あら? となりにいるのは三谷クンの彼女さんかしら?」
(ええっ)
言うやいなや、先輩の彼女さんは私のそばに寄り添うと、うっとりするような瞳で私の顔をのぞきこんだ。
「桜野のコね。お姉さんの妹になる?ん?」
(ひぃぃぃっ!ち、近いです!)
「あ、あのっっ……」
「こらこら。璃緒(りお)たん、やめなさい。三谷彼女が困っているじゃないか」
(りおたん……、みたにかのじょ……)
「フフ、ごめんなさい。可愛かったからつい」
千住先輩にやんわりたしなめられた彼女さんは、素直に私をはなしてくれた。
「ぼくの彼女が驚かせてすまなかったね。どうかゆっくり楽しんでいってね」
「は、はいっ」
王子の微笑み? 王の貫禄? な、なんかわからないけど神々しいよ!
「ごめんね、聡美さん。びっくりしたよね」
「う、うん」
「けどまあ、いいタイミングだったかな」
「へ?」
「ほら、僕らのことなんて、もう誰も気にしてないから」
「あ、確かに」
気づけば展示室は、同じ女子校の制服の女の子たちで大賑わいになっていた。
「上野さんの後輩の人たちだよ、たぶん」
「なるほどね」
そういうわけで、部員の男の子たちは“大切なお客様”に無我夢中。
私は気兼ねなく諒くんの部活の展示を楽しむことができた。
絵画、彫刻、書道、手芸……いろんなジャンルの作品があるけれど、全部に共通しているのが「クマ」だった。
木彫りのクマとか、ちょっと地方の民芸品みたいで苦笑いしちゃったけど……。
「“ベースアップ”っていうのが今年のテーマでさ」
「ベースアップ……あ、それって“ベア”?」
「よくわかったね」
諒くんは「春闘かよって感じだよね」と苦笑い。私も思わずつられて笑った。
本当、お勉強ができる男の子たちの頭の中がまったくわからない。
でも、作品はどれもこれも個性的ですっごくおもしろかった。
中でも私が気になったのは、フードにクマ耳がついたお洋服の作品で。
諒くんに気づかれないように、服の中をのぞくと――。
(やっぱり!)
トルソー(頭、腕、脚のない胴体だけのマネキン)は、しっかり下着をつけていた。
しかも、貝殻ならぬ“熊の手”ブラジャー……。
「聡美さん?」
「え、あ、ううん、何でもないよ」
(とりあえず、諒くんには知らないふりをしておこうかな、うん……)
諒くんの作品は、レゴで作った立体的なクマと、テディベアの折り紙だった。
レゴも思ったよりも大きな大作で驚いたけど、もっとびっくりしたのは折り紙のほう。
「これって、諒くんが折り方を考えたってこと?」
「うん」
折り上がった作品だけでなく、折り方のレシピ自体も作品だなんて考えもしなかった。
「すごい!私もこのレシピもらって帰って折ってみるね!」
「うん。ありがとう。すごい嬉しいな」
今すぐでなく“帰ってから”なのは、レシピがとても難しそうで、とても時間がかかりそうだとわかったから。
(でも、すごくすごく楽しみ!)
そうして、ちょうどひととおり作品を見終わった頃、千住先輩が諒くんを呼んだ。
「おーい、三谷ー」
ふたりで声のほうを見遣ると、千住先輩は「ほれ」と言って、諒くんに向かって何かをひょいと投げてよこした。
キャッチしたのは――鍵???
「悪いけど頼まれてくれ。借りてきた工具箱を旧館に返さなきゃならないんだ」
「わかりました」
(旧館、って……どこだろ???)
「そういうわけだから、聡美さん」
「へ?」
「ちょっとつき合ってもらってもいい?」
「もちろん!」
なんだろう? ちょっと……ううん、よくわからないけど、すごくわくわくする!
不安というのは「諒くんが折り紙でブラジャー作っていたらどうしようっっ」とかじゃなくて。
当てこすりを言われたらとか、そういうやつ……。
何言われても平気なつもりだけど、本当のところは、まったく平気なわけじゃない。
楽しい気持ちに水をさされるのは腹が立つし、他人にとやかく言われるのは鬱陶しい。
何より、諒くん本人がいくら平気だと言っても、やっぱり――彼があれこれ言われるのは、本当に嫌だし悲しくなる。
けれども、そんな心配は杞憂だった――。
「諒くん、あの方々は……???」
「元部長の千住(せんじゅ)先輩と彼女さんだよ」
展示室の奥に鎮座するふたりは、まるで精巧なオブジェのように見目麗しく、どこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。
(あの制服、真綾さんと同じ学校の……)
いわゆるお嬢様学校と名高い女子校のその制服は、男子校の文化祭ではものすごいインパクトがあった。
「おっ、三谷じゃん」
「まあ!三谷クン!」
やんごとなきオーラのお二人が、諒くんに気さくに声をかける。
よくわからないけど、諒くんは彼女さんとも面識があるみたい。
「おつかれさまです、千住先輩。上野(うえの)さんも、お久しぶりです」
「あら? となりにいるのは三谷クンの彼女さんかしら?」
(ええっ)
言うやいなや、先輩の彼女さんは私のそばに寄り添うと、うっとりするような瞳で私の顔をのぞきこんだ。
「桜野のコね。お姉さんの妹になる?ん?」
(ひぃぃぃっ!ち、近いです!)
「あ、あのっっ……」
「こらこら。璃緒(りお)たん、やめなさい。三谷彼女が困っているじゃないか」
(りおたん……、みたにかのじょ……)
「フフ、ごめんなさい。可愛かったからつい」
千住先輩にやんわりたしなめられた彼女さんは、素直に私をはなしてくれた。
「ぼくの彼女が驚かせてすまなかったね。どうかゆっくり楽しんでいってね」
「は、はいっ」
王子の微笑み? 王の貫禄? な、なんかわからないけど神々しいよ!
「ごめんね、聡美さん。びっくりしたよね」
「う、うん」
「けどまあ、いいタイミングだったかな」
「へ?」
「ほら、僕らのことなんて、もう誰も気にしてないから」
「あ、確かに」
気づけば展示室は、同じ女子校の制服の女の子たちで大賑わいになっていた。
「上野さんの後輩の人たちだよ、たぶん」
「なるほどね」
そういうわけで、部員の男の子たちは“大切なお客様”に無我夢中。
私は気兼ねなく諒くんの部活の展示を楽しむことができた。
絵画、彫刻、書道、手芸……いろんなジャンルの作品があるけれど、全部に共通しているのが「クマ」だった。
木彫りのクマとか、ちょっと地方の民芸品みたいで苦笑いしちゃったけど……。
「“ベースアップ”っていうのが今年のテーマでさ」
「ベースアップ……あ、それって“ベア”?」
「よくわかったね」
諒くんは「春闘かよって感じだよね」と苦笑い。私も思わずつられて笑った。
本当、お勉強ができる男の子たちの頭の中がまったくわからない。
でも、作品はどれもこれも個性的ですっごくおもしろかった。
中でも私が気になったのは、フードにクマ耳がついたお洋服の作品で。
諒くんに気づかれないように、服の中をのぞくと――。
(やっぱり!)
トルソー(頭、腕、脚のない胴体だけのマネキン)は、しっかり下着をつけていた。
しかも、貝殻ならぬ“熊の手”ブラジャー……。
「聡美さん?」
「え、あ、ううん、何でもないよ」
(とりあえず、諒くんには知らないふりをしておこうかな、うん……)
諒くんの作品は、レゴで作った立体的なクマと、テディベアの折り紙だった。
レゴも思ったよりも大きな大作で驚いたけど、もっとびっくりしたのは折り紙のほう。
「これって、諒くんが折り方を考えたってこと?」
「うん」
折り上がった作品だけでなく、折り方のレシピ自体も作品だなんて考えもしなかった。
「すごい!私もこのレシピもらって帰って折ってみるね!」
「うん。ありがとう。すごい嬉しいな」
今すぐでなく“帰ってから”なのは、レシピがとても難しそうで、とても時間がかかりそうだとわかったから。
(でも、すごくすごく楽しみ!)
そうして、ちょうどひととおり作品を見終わった頃、千住先輩が諒くんを呼んだ。
「おーい、三谷ー」
ふたりで声のほうを見遣ると、千住先輩は「ほれ」と言って、諒くんに向かって何かをひょいと投げてよこした。
キャッチしたのは――鍵???
「悪いけど頼まれてくれ。借りてきた工具箱を旧館に返さなきゃならないんだ」
「わかりました」
(旧館、って……どこだろ???)
「そういうわけだから、聡美さん」
「へ?」
「ちょっとつき合ってもらってもいい?」
「もちろん!」
なんだろう? ちょっと……ううん、よくわからないけど、すごくわくわくする!