優等生の恋愛事情
旧館というのは、学校の敷地のはずれにある古い建物のことだった。
「以前は部室棟として使われていたらしいけど。今はガラクタ置き場みたいになっていてさ」
「ふーん」
工具箱を持った彼と、鯛焼きがいっぱい入った袋を大事そうに抱える私。
展示室を出て、模擬店で鯛焼きを買い込んで、てくてく歩いて――いつの間にか、賑わう人々の喧噪が、すっかり遠くなったような?
(なんか、ちょっと冒険気分?)
実際、ここはよその学校で、ましてや本当なら立ち入ることのできないエリアに侵入(?)しているわけだけど。
それにしても――。
「……すごく静かだね」
一般の人はおろか、在校生さえ見当たらない。
「旧館に出入りしているのは、僕ら環境委員くらいだからね」
「そうなの?」
「園芸部がつぶれたときに、花壇の世話やなんかと一緒に部室も環境委員会が引き継いだらしくて。けっこう好き放題やってるんだよ。好きな鉢植えを置いたり、水槽で魚飼ったりしてさ。今のところまだ空調がいきてるからね」
「へぇー」
「ちなみに、千住先輩が環境委員会の委員長なんだよ」
「ええっ」
なんかちょっと……ううん、すごく意外!
「生徒会とかのほうが似合ってる感じがするでしょ? でも、誰よりもノリノリで掃除だの花壇の水やりだのをやってるのが千住先輩なんだ。旧館の主(ぬし)だね」
「そうなんだ」
「うん。しかしまあ、さすがに今日はみんな忙しくてここへ来る人はいないだろうなぁ。わざわざ鍵を借りてまでさ」
「なるほどね」
廃墟というのは言い過ぎにしても、旧館は見るからに古ぼけた建物だった。
「待ってて、今開けるから」
慣れた手つきで鍵を開ける彼の隣で、私はちょっと――どきどきしていた。
知らない場所って“非日常”だもん。
しかも、静かな場所で二人きりだし。
なんだか急に“冒険らしく”なってきたみたいで……。
「どうぞ」
「あ、うん」
「とりあえず、部室で買ってきた鯛焼きを食べようか」
「うん」
「そのあとで少し探検してみる? まあ、ガラクタばかりで見どころなんて基本ないけど」
「ううん、絶対行きたい!」
「あ、部室にはちょっと見どころがあるよ。サボテンとか、盆栽とか。きれいなメダカとか」
「わぁー、いいね」
無邪気に笑って顔を上げると、彼が愛おしそうに私を見てた。
(あ、ええと……)
すると、もうとても無邪気ではいられなくて。
でも、それを覚られたくなくて。
でもでも、もうとっくにバレバレなんだろうなと思う自分もいて。
私はぎこちなくうつむいて、ひっそり甘いためいきをついた。
それから、なんとなくー―ふたりとも、黙ったまま。
ふいに降りた沈黙は、甘酸っぱくて、なんだかちょっとくすぐったい。
今はすっかり環境委員会の根城と化した、かつての園芸部の部室。
そして、扉を開けた瞬間――私たちは思いがけない光景に遭遇した。
「三谷……っ!?」
「なっ……なんで……」
想定外の先客が二人。
ひとりは大きく目を見開いたまま固まって、もうひとりは明らかに動揺してその表情をこわばらせた。
紺色のポロシャツの男の子は、ちょっと肌が焼けていて、長身で、いかにも運動部って感じ。
ブルーのシャツにネクタイの男の子は、どちらかというと小柄でおとなしそうな雰囲気。
ふたりとも間違いなく東雲生に違いない。
部屋いっぱいに漂う重く気まずい空気。
私たちは、一瞬で凍り付かせてしまったのだ。
優しく寄り添う彼らの、大切な時間を――。
「以前は部室棟として使われていたらしいけど。今はガラクタ置き場みたいになっていてさ」
「ふーん」
工具箱を持った彼と、鯛焼きがいっぱい入った袋を大事そうに抱える私。
展示室を出て、模擬店で鯛焼きを買い込んで、てくてく歩いて――いつの間にか、賑わう人々の喧噪が、すっかり遠くなったような?
(なんか、ちょっと冒険気分?)
実際、ここはよその学校で、ましてや本当なら立ち入ることのできないエリアに侵入(?)しているわけだけど。
それにしても――。
「……すごく静かだね」
一般の人はおろか、在校生さえ見当たらない。
「旧館に出入りしているのは、僕ら環境委員くらいだからね」
「そうなの?」
「園芸部がつぶれたときに、花壇の世話やなんかと一緒に部室も環境委員会が引き継いだらしくて。けっこう好き放題やってるんだよ。好きな鉢植えを置いたり、水槽で魚飼ったりしてさ。今のところまだ空調がいきてるからね」
「へぇー」
「ちなみに、千住先輩が環境委員会の委員長なんだよ」
「ええっ」
なんかちょっと……ううん、すごく意外!
「生徒会とかのほうが似合ってる感じがするでしょ? でも、誰よりもノリノリで掃除だの花壇の水やりだのをやってるのが千住先輩なんだ。旧館の主(ぬし)だね」
「そうなんだ」
「うん。しかしまあ、さすがに今日はみんな忙しくてここへ来る人はいないだろうなぁ。わざわざ鍵を借りてまでさ」
「なるほどね」
廃墟というのは言い過ぎにしても、旧館は見るからに古ぼけた建物だった。
「待ってて、今開けるから」
慣れた手つきで鍵を開ける彼の隣で、私はちょっと――どきどきしていた。
知らない場所って“非日常”だもん。
しかも、静かな場所で二人きりだし。
なんだか急に“冒険らしく”なってきたみたいで……。
「どうぞ」
「あ、うん」
「とりあえず、部室で買ってきた鯛焼きを食べようか」
「うん」
「そのあとで少し探検してみる? まあ、ガラクタばかりで見どころなんて基本ないけど」
「ううん、絶対行きたい!」
「あ、部室にはちょっと見どころがあるよ。サボテンとか、盆栽とか。きれいなメダカとか」
「わぁー、いいね」
無邪気に笑って顔を上げると、彼が愛おしそうに私を見てた。
(あ、ええと……)
すると、もうとても無邪気ではいられなくて。
でも、それを覚られたくなくて。
でもでも、もうとっくにバレバレなんだろうなと思う自分もいて。
私はぎこちなくうつむいて、ひっそり甘いためいきをついた。
それから、なんとなくー―ふたりとも、黙ったまま。
ふいに降りた沈黙は、甘酸っぱくて、なんだかちょっとくすぐったい。
今はすっかり環境委員会の根城と化した、かつての園芸部の部室。
そして、扉を開けた瞬間――私たちは思いがけない光景に遭遇した。
「三谷……っ!?」
「なっ……なんで……」
想定外の先客が二人。
ひとりは大きく目を見開いたまま固まって、もうひとりは明らかに動揺してその表情をこわばらせた。
紺色のポロシャツの男の子は、ちょっと肌が焼けていて、長身で、いかにも運動部って感じ。
ブルーのシャツにネクタイの男の子は、どちらかというと小柄でおとなしそうな雰囲気。
ふたりとも間違いなく東雲生に違いない。
部屋いっぱいに漂う重く気まずい空気。
私たちは、一瞬で凍り付かせてしまったのだ。
優しく寄り添う彼らの、大切な時間を――。