優等生の恋愛事情
それぞれの放課後
◇密やかに甘く切なく
(あーあ、私のバカ……)
学校に忘れ物をするという痛恨のミス……。
それに気づいたのは、いつものバス亭で帰りのバス待ちをしているときだった。
音楽の授業で出された課題を少しでもやろうと思ったら、リュックに入れたはずの教科書がない。
当然、挟んであった課題のプリントも。
(音楽室で座った席の机の中だ、たぶん)
私は大きな溜息をつくと、仕方なくすごすごと引き返した。
学校は驚くほど静かだった。
今日は2年生が校外学習のため不在で、先生方の会議の関係で部活も完全休止。
一年生は喜び勇んで下校(私だってそうだった……)。
3年生には自習室の利用が許可されているそうだけど、そのへんのことはよく知らない。
音楽室は4階の奥にある。
いつもなら、放課後は吹部の人たちでいっぱいの廊下も、今は静か、誰もいない。
けれども、音楽室の扉は開いていて――。
「(あっ……)」
瞬間、私は衝撃とともに固まった。
だってそれは、とてもとても思いがけない光景だったから――。
机に浅く腰掛ける女子生徒。
彼女の肩には、男子生徒の右手がそっと置かれている。
ゆるくつながれた、彼女の右手と彼の左手。
中途半端に絡んだ指先が、どこか歯がゆく甘酸っぱい。
静かに唇を重ねるふたりは、ひどく優しい空気をまとっていて、とてもとても美しかった。
画面の向こうでもない漫画の中でもないリアル。
(っていうか……っ!!)
「うそ!? 溝ちゃんっ!?」
「え??? 溝ちゃん???」
とっても素敵なキスをしていたのは、なんと……同じクラスのコミ―とウル君だった。
そりゃあまあ、うっとり夢心地から目を開けたら視界に私がいたのだから、驚くのも当然。
けど、私だってめちゃめちゃ信じられないんですけど!!
(二人の秘密を知っちゃったよ……どうしようっ)
「私、あのっ、音楽室に課題のプリント忘れちゃって、それで……っ」
(うぅぅ、気まずいよ。気まずすぎるっ)
いっそこのまま「何も見てない、見られてない」っていうていでいく? いける?
私はとにかく全力で忘れ物を奪取して(誰から?何から?)その場を逃げ去ろうとした。
「待って、溝ちゃん」
でも、やっぱりそうはいかなかった。
コミ―に呼び止められて、びくりと足を止める。
「これから話す時間あるかしら?」
隣で不安顔になってるウル君をよそに、コミ―は落ちつきはらっていた。
「ファミレス奢るし。どうかな?」
「時間はぜんぜん大丈夫だけど……。あ、フツーに割り勘でいいし」
「よくないわよ」
「え?」
「口止め料ってやつ。だから、私と“朔(さく)”の奢りね」