北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
「……ありがとう」
「あ、いえ……」
 淡々とした謝意に応じて、妙な間がコタツのうえに漂った。
 家族を失った悲しみから立ち直れてない、というのとはちがう。世界が分断されて、ちがう時間軸で生きてる、というか。
 期待なんかしてなかったけど、淹れたてのお茶を出してもらうなんて絶対ムリ。たぶん茶葉だけじゃない。急須も湯呑みも、見つけられなさそう。というか、見つける気がない。
 コンロにはヤカンがひとつ。水切りラックには、お茶碗と箸とガラスコップがひとつずつあるきりだった。キッチンがそこそこきれいなのは、使ってないから。かろうじてゴミ出しだけはしているらしいのが救いだ。
 この人は、ほとんど1階では生活してないんじゃないかな。
 リビングにはほぼ必須のテレビがない。ヒマがあれば和洋新旧ドラマ三昧だった凛乃としては信じられないことに、テレビ台の上のホコリは、テレビがあった痕跡も消している。
「それで、ご希望は」
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