北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 どんな顔をして、たった1つだけのケーキを買ったのか、うまく想像が働かない。
 凛乃はふいに目の奥が熱くなって、歯を食いしばった。「ありがとうございます」言ったつもりだったけど、声が出ない。深く息を吸って、ゆっくり吐く。
「いただきます」
 やっと出した声が、ふるえてしまった。累が顔を上げたのが視界に入ったけど、凛乃は小さなケーキに集中して、フォークを入れる。
「おいしい……」
 口に含んだケーキは、鼻がつんとするくらい、とびきり甘かった。
「へへっ、おいしー」
 両頬を押さえて、ふわふわのホイップクリームが、優しく舌を撫でるのを味わう。カットされたイチゴの酸味をからめながら、口内に甘い香りが渦巻いた。
 それを見ていた累が、頬杖をついて微笑む。
「しあわせそうに食べるね」
 無表情か暗い部類の表情しか見せなかった累の、はじめての笑みだった。
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