北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
「靴を履きかえて出るの、なにげに手間ですもんね。わたしもいまは楽しいけど、冬場はどうかなー。あ、言ってもらえれば、小野里さんの洗濯物、大物のとき以外も外に干しますよ?」
「……乾燥機があるからいい」
 歩み寄ったつもりの凛乃は、がっちり距離を確保する累を盗み見て、肩を落とした。
 手がかからなすぎなんだよな、この人。
 間借りによって累の生活が変わってしまわないようにとは、意識している。洗濯でも掃除でも、累がやると言うところは手を出さない。でも独りの世界に割りこんできた身としては、せっかくなら居てよかったと思ってもらいたい。正直いまは、その実感がない。
「あっ」
 稲妻が、雨の奥に光った。でも雨が強すぎて形は見えない。遅れてやってきた腹をゆするような轟きに首をすくめながらも、凛乃は額を押しつけるように窓にへばりついた。
「7、8……まだ遠いな」
 数を数えて距離を測っていると、ふと視線を感じた。
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