北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 右に向くと、累があの瞳でじっとこちらを眺めていた。顔の隅々までなぞるような、それでいて焦点が定まりきってないような、不思議な目だ。
「?」
「カミナリ、怖がらない?」
 こんなにまっすぐ見つめられたのは、初めてかもしれない。じわじわと体温が上がってゆく。
「……カミナリ、ですか。見るだけならむしろ好きですね」
「ふうん」
 累はつと縁側から離れて仏壇の前にあぐらをかいた。線香を箱から一本出して、ライターで火をつける。薄い煙とコーヒーの香りとともに、澄んだ金属音が蒸した部屋を一瞬涼しげに走った。「つるこもよくそうやってカミナリ見てた」
「……えっ、と」
 凛乃はレスポンスが遅れたのを、激しい雨音のせいにした。
「あぁ、カノジョさんが?」
「ね・こ」
 あきれたような声で訂正された。
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