My Favorite Song ~異世界で伝説のセイレーンになりました!?~ 2

 童謡『ペチカ』。冬にとても似合う、少し寂しげな、でもとても綺麗で温かい歌。
 その歌を一緒に歌いながら、昔おばあちゃんに訊いたことがある。ペチカって何? と。

(ペチカは壁に備え付けられた暖炉で、建物全体を温めるって言ってたよね)

 これなら宿の中で防寒服は必要ないだろう。
 きっと階下に行けばわかると、少しワクワクしながら階段を下りていく。

 階段を下り切るとそこには受付カウンターがあり、でも今は誰もいないようだった。
 やはりまだ夜が明けたばかりなのだろう。
 雪のせいもあってか辺りはシンと静まり返っていて、まるでこの宿に――いや、この町に私しかいないような錯覚に陥る。
 ぎしりという床の軋む音が今更ながらにとても大きく感じた。

 そのまま食堂と思わしき扉を開けると、案の定中にも誰もいなくて、でも目当てのものは見つけることが出来た。

「やっぱり、ペチカだ」

 今は火は付いていなかったけれど、それは確かに祖母に教えてもらったペチカの様相そのままだった。
 昨日のスープもだけれど、やはり異世界と言えど元いた世界との共通点は多い。

(大きな違いは、やっぱ術の存在かなぁ。歌だって不吉だからって皆が歌わないだけなんだし……)

「歌、か……」

 ペチカをじっと見つめながら思わず小さく呟いていた。

(ヤバイ。今、すっごく歌いたい)

『ペチカ』を歌いたいという、どうしようもない衝動。

 しかも今ここには他に誰もいない。
 この場に自分一人という状況が、とてつもない誘惑となって私に襲いかかっていた。

 ごくりと唾を飲む。
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