My Favorite Song ~異世界で伝説のセイレーンになりました!?~ 2

 私は目をこらしてフィエールの姿を追う。だがその後ろ姿もすぐに暗闇に溶け込み見えなくなってしまった。
 途端不安に駆られ、ぱっと背後を振り返る。もし後ろに敵がいたら……そう思ったのだが、やはり闇が広がるばかりで何も見えなかった。左右を確認して、そしてもう一度前方を見つめた――その時だ。

 厚い雲の切れ間からそれまで隠れていた月が一瞬だけ顔を出し、淡い光が“それ”を照らし出した。

(ひっ……!)

 思わず息を呑んでいた。
 フィエールの背の向こうに見えたのは、大きな大きな“熊”もどきだった。
 近くにいるフィエールよりも一回りも二回りも大きく見えたのは、おそらく見間違えではないだろう。

 そいつも今の月明かりでこちらの姿を確認したのだろうか、威嚇するように鋭い雄叫びを上げた。その場の空気を震わすようなその大きな声に、私は身体を縮こませる。
 金属を擦り合わせる音が聞こえて、フィエールが己の剣を抜いたのだとわかった。そして直後、雪面を強く蹴る足音。

 ――この闇の中で、フィエールは勝てるのだろうか。もし勝てなかったら……。

 私は震えてしょうがない自分の身体を叱咤し、ランフォルセで指折りの剣士だと自分で言っていたフィエールを心の底から応援した。

 雪を蹴散らすような忙しない足音と衣擦れの音、そして肉の裂ける嫌な音が数回聞こえた気がした。怒り狂ったような雄叫びが何度も上がった。――そして、耳を塞ぎたくなるような絶叫が夜の雪山を震わせた。

 ズンっ……と地面が揺れるような重い音が聞こえて、少しの合間その場に静けさが訪れた。

 息をするのも忘れて前方の闇を凝視する。

「……ふぅ」

 確かに人間の吐息が聞こえて、フィエールが勝ったのだということがわかった。
 そしてこちらに近づいてくる足音。

「もう大丈夫だ、アレキサンダー」

 優しげな声と共に彼の無事な姿が闇から現れて、私はそれまで怒らせていた肩を盛大に落としたのだった。

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