ただ好きだから
登坂はタクシーを拾って、夏月と乗り込んだ。


「すぐ、近くだけど、二人で歩いてるとやばいから」


夏月の耳元で、登坂が小声で話す。 


(そっか、ちょっとしたことでも気を使わないといけないんだ。芸能人って大変)


連れられて来たのは、登坂の知人の店。


「おぅ、臣。久しぶり」


「ご無沙汰してます。一番奥の席、空いてる?」


「あぁ、どうぞ」


登坂について行くと、奥の個室だった。


「ごめん、個室でも大丈夫?」


「うん、いいよ」


さっき、タクシーで言われたことを思い出す。


「芸能人って、大変だね」


「好きでやってる仕事だから、俺はいいんだけどね。店とか夏月さんに迷惑かけれないからさ。さあ、座って」


「そうなんだ。ありがと」


人気グループの一員であれば、すぐに人集りが出来てもおかしくない。


(もう慣れっこなんだ。プライベートでも気を使わないといけないなんて、大変そう。それにしても、お洒落な店だなぁ)


座り心地のいいソファーで落ち着く。 


「何にする?」


と登坂がメニューを開く。


夏月が覗き込む。


「これ美味しそうだね。こっちも美味しそう」 


「お腹空いてる?」


夏月の食いつき振りを見て登坂は、お茶ではないと悟った。


「うん。飲んでばかりで、食べてなかったかも」


夏月は、照れ笑い。


料理を注文して、登坂がワインを頼んだ。


「夏月さんは?」


「うーん、どうしようかな。やっぱり、私もワインっ」


「あれっ、さっき飲めないって、言ってたじゃん」


夏月は、登坂の顔を見て笑った。


「だって、臣君と飲めるなんて、二度とないかも知れないから、飲みますっ」


登坂は、少しニヤける。


「じゃ、ボトルで」
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