寡黙なダーリンの秘めた愛情
戌の日の神事を終えて帰宅すると、お昼になっていた。

つわりがひどくなってから、蓮が家事を担当してくれているので、基本、美咲に出番はない。

ご飯の炊ける臭いがダメ。

おかずも種類によっては臭いで吐き気を催すの繰り返し。

それでも、5ヶ月に入ってずいぶん落ち着いてきたが、相変わらずご飯の炊ける臭いと歯磨きだけは苦手だった。

美咲はのんびりとソファに座り、妊娠と育児の雑誌を眺めていた。

出産予定日は3月29日。

年度末のしかもギリギリなんて忙しないな、と苦笑しながらも、べべなりにのんびりと成長してくれれば、と美咲は思う。

そういえばさっき車の中で蓮が、

「予定日から逆算すると7月7日が受精日だった!本当なら凄いと思わないか?」

と興奮していたな...。

なんせ、妊娠がわかるまで、毎日盛っていた蓮である。

どの時点での妊娠だと言われても、思い当たる節がありすぎて否定はできないのだが、それが七夕の日と言われるのは感慨深い。

その日は土曜日だった。

蓮と二人で天の川を見に、ドライブに出掛けた。

雲一つない真っ黒な夜空に浮かぶ無数の星。

流れるように広がるミルキーウェイ。

都心では見ることのできない夜空の美しさに、美咲はベガとアルタイルを想って切なくなっていた。

まだ、蓮と由利亜の仲を疑っていたあの頃。

本当ならば、こうして星空を眺めるのは由利亜だったのかと思うと苦しくて胸が痛んだ。

そんな美咲の心も知らずに、夜空を見上げる美咲の手をギュッと握りしめてきた蓮。

「美咲がアメリカに行った4年間、俺は彦星なんかよりもっと辛い思いでいたよ。1年目は仕事で会いに行くこともできなかった。2年目から4年目は゛絶対に美咲の誕生日だけは会いに行く゛と心に誓って乗りきったんだぞ。あんな切ない思いは懲り懲りだ」

ポツポツと語られる蓮の言葉は、単に妹を思いやるためだけの慰めの言葉なのだと必死で自分に言い聞かせていたんだっけ...。

妹に感じる愛情でもいい。

蓮の傍にいられるこの瞬間を大切にしようと、結婚以降、美咲は求められるまま、蓮にすべてを委ねていた。

結果的に、現在の幸せな日々に辿り着いたのだが、誤解したまますれ違っていたらどうなっていただろう、と美咲はボンヤリと考えていた。

しかし、そうしている間にもべべはグングン成長している。

それが全てで、目の前にいる蓮が正義だ。

台所で作業する優しい夫の立てる生活音を子守唄に、美咲は幸せそうにソファに沈みこんで眠りに落ちた。

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