音楽のほとりで
それぞれの一歩
「ねえ南」
ボルドーの日帰り旅行から一週間後、南は部屋にいた。
「なに?」
南を呼ぶのは成宮ルイで、その手には夏にも関わらず湯気を立たせたホットココアがある。
「最近、高倉尚と会っているようだね」
「……ええ」
「どうして、彼と会うんだ? 僕のせいじゃないよね?」
「違うわ。大学の先輩なの。それで、色々とフランスのことを教えてもらってるのよ。パリの街にも詳しいし」
「それだけ?」
「もちろん」
「……そうならいいんだ」
「でも、ルイが苦しくなるならもう会わない」
「いや、あの時の僕はバカだったんだ。優勝できないのを高倉尚のせいにして彼を恨み、逃げた。でも、それは違った」
「それでも、彼のせいでルイが塞ぎこんでしまったのは事実じゃない」
ルイの言葉をかき消すように、強い口調で南はそう言う。
「南、やっぱり彼に何かしようとして近づいてるんじゃ?」
「…………だめなの?」
その一言を、目に涙を溜めながら、南はルイの目をじっと見つめて声を絞るように言う。
「好きな人が目の前であんな姿になって、その原因が高倉尚で、私どうしても彼が許せない」
「南、それは間違ってる。彼は何も悪くないんだ。南だって分かるだろう? 悪いのは僕自身なんだ」
「分かってるわよ。でも、ねえ……。一緒にいればいる程、あの人が純粋に音楽を奏でてて、そこには黒い感情が一切なくて、その上ルイのことを褒めていて……。私がどんな思いで近づいているのか、そんなの1ミリだって疑おうとしないの。馬鹿なのよあの人。だからこそ、ルイの苦しい思いを少しくらい味わわせてやりたいって思っちゃうの。純粋だからこそ」
南は、力なくソファに座り込んだ。
「だから、見て見ぬふりをして、ねえ、ルイ。ルイのせいになんかしないから」
「南…………」
ルイは、自分のせいでこんな風になってしまった南に、なんと言ったらいいのか分からずに、その口を閉ざしてしまった。
その彼女の姿を見てら自分が南のためにできることは1つしかないと、ルイはかたく決心した。