音楽のほとりで

「よしっ、弾いてみようか」

「うんっ」

桜の隣には幼い少女がいて、その二人の前には立派なグランドピアノがある。

少女は慣れないながらも、その目の前のピアノの音を必死に鳴らして、その表情をころころと変えている。

その様子を、桜はまるで自分の子どもであるかのように柔らかい目で見ていた。

「ふーっ、弾き終わった」

「うん、上手だったよ。ここは、大きな象さんがゆっくり歩くようにもう一度弾いてみようか」

桜は、フランスで日本人の子供向けにピアノを教えていた。

その様子を見ていた尚は

「桜先生、怖くない?」

と、少女に話しかける。

仕事がない日は、尚も時々桜のレッスンの様子を見ている。

むしろ、それが目的で来る人もいるくらい尚は人気ピアニストになっていた。

「桜先生怖くないよ。優しくて大好き」

「そっか、よかったね」

「もう、余計なこと言わないで」

そこは、花が咲き誇るかのように笑顔の咲くレッスン室だった。





「桜、準備はできた?」

レッスンが終わり、尚は用意していた籠の中に林檎やパンを入れている。

「うん、今行く」

1ヶ月に1度、これらを持って近くの公園に出かけるのが習慣になっていた。
< 140 / 142 >

この作品をシェア

pagetop