音楽のほとりで
例えば桜が尚の大事にしていたピアノのキーホルダーをなくしてしまった時、尚は一言「キーホルダーなんてたくさんあるから大丈夫だよ」と、桜に笑顔を投げかけた。
尚がどれだけそのキーホルダーを大事にしていたか、桜は知っていた。
だから、むしろ桜はむしろ責めてほしいとさえ思ったほどだった。
「でも、今回のことはどうでしょう。僕が見るに、きっと彼は貴女に惚れ込んでいる。そんな大切な人に他の人がちょっかい出しているなんて。って、僕がいけないんですけどね」
桜は、そのことについてなんと返事をしたら良いのかわからず、ただ笑っているだけだった。
「そういえば、ゴールデンウィークに高倉尚が出演するコンサートがあったはず。同年代の世界で活躍する楽器奏者も何人か出るみたいですよ。いろんな楽器の曲を聴くことができるコンサートは楽しいですね」
「そうですね、私もピアノが専門ですけど、他の楽器の音色も好きです」
「僕も何か楽器を極めたかったなあ……。っと、ここですね」
奏音は、いかにも日本風の建物の前で歩くのをやめた。
その看板には大きな文字で『寿司』と書いている。
「メールで、魚が好きだと言っていたので、今夜は寿司にしてみました」
「大好きですお寿司っ」
分かりやすいくらいテンションの上がっている桜を、奏音は目を細めてみている。
「良かった。生魚が嫌いだったらどうしようと思ってたんですけど。もしものために、他のお店も探してはおいたんですけど」
「すごく好きですっ。ありがとうございます」