音楽のほとりで
2人は、カウンターに座る。
すると奏音は、店長のおすすめ、を2つ注文した。
「ところで桜さん」
奏音は姿勢を正して、背中を真っ直ぐにして椅子に座る。
「僕とのことは前向きに考えてくれますか?」
桜は、どう答えたらよいか分からずに、一瞬固まってしまう。
「まだ、答えが出ないんです。でも、何もしないよりならと思って今日お誘いしたんです」
「僕はそれでもすごく嬉しいですよ」
「ごめんなさい……」
「いえ、僕だって高倉尚に勝てるとは思いませんから」
と、冗談めいたようにいう奏音に、桜はははっと笑うしかなかった。
『尚』という言葉を聞くたびに、尚の顔が思い浮かんでしまうのだから。
隣には奏音がいるのにもかかわらず……。
「でも、驚きました。まさか桜さんが高倉尚の知り合いだったなんて」
「幼馴染なんです。昔からずっと一緒で。だけど、尚はいつの間にか遠くに行っちゃった。私なんて手の届かないところに」
「もし僕が高倉尚の幼馴染でもきっと同じことを思います。世界の高倉尚ですもんね彼は」
「そうですよね」
今頃、尚は何をしてるのか、そんなことをふと思うと、その考えは消えることがなく、むしろ大きくなっていく。
尚に会いたい、純粋に桜はそう思った。
「桜さんは、作曲家で誰が一番好きですか?」
「ブラームスですね」
「おお、私もです。実は、私、ブラームスの研究をしているんですよ。ブラームスのクララに対する愛情もすごいですよね。クララのために、シューマンが精神病院に入ってからすぐに駆けつけて子供の世話や家のことをすべて行う。でも、そんな彼だからこそきっとああいう曲が書けるんでしょうね」
「そうですね」