音楽のほとりで
「これ…………」
桜はキーホルダーを置いて、1つの小さな箱を手に取る。
その蓋を開けると、シューマンの『トロイメライ』が流れてきた。
それを聞いている桜の目には、涙が溜まっている。
「おばあちゃん……」
大学に入学した年、桜の祖母が亡くなった。
彼女は、シューマンのトロイメライが好きで、桜が祖母の家に遊びに行くと、いつもこの曲が流れていた。
尚もまた、桜と一緒に遊びに行ったことがあり、その度にその家にあるピアノでトロイメライを弾いていた。
優しくて、太陽のようで、大好きだった祖母が亡くなったとき、桜が部屋の中で1人縮こまって泣いていたとき、尚がこのオルゴールをプレゼントしたのだ。
「桜のおばあちゃん、きっと、桜がこんなに思ってくれてて嬉しいだろうね」
桜の頭の上に手を乗せる。
ただそうやって、桜が泣き止むまで尚はずっと隣で座っていてくれた。
暫くして桜が泣き止んだ時、このオルゴールの蓋を開けた。
ピアノとはまた違うノスタルジックな雰囲気のオルゴールの音色が、部屋に響く。
「桜のおばあちゃんは、いつまでもこの曲の中で生きてるよ」
「……うん」
祖母がいないからじゃない、ただただ何故だか涙が溢れてくる。
きっと、この音楽があまりにも暖かいから。
心に染みるから。
「尚…………」
尚がいつでも桜を思ってくれていたことが、今ようやく分かる。
桜の思い出にはいつも尚がいて、いや違う、尚が桜の思い出を作ってくれていた。