音楽のほとりで

レッスンが終わり、尚は桜を散歩に誘う。

桜は素直にそれに従って、尚の後についていく。

尚は歩くスピードを遅めて、桜の隣に来た。

もう、空は大分暗くなっていて、てんてんと星が花が咲くように輝いていた。

その星の輝きは、まるで静止しているかのように一定だった。

「尚、どこ行くの?」

「ん? 内緒」

尚は、ゆったりとこの空気を味わっているかのように歩く。

桜も、そのテンポに合わせて尚の隣を歩く。

住宅街のせいか、人もほとんどいなくて、辺りにはあまり音がない。

2人の地面と靴がぶつかる音が、はっきりと聞こえてくる。

時々、窓を開けている家から家族の笑い声やテレビの音も聞こえてきた。

「桜、ピアノ教えるの上手だね。皆、桜のことが好きそうだった」

動く光を見ながら、尚は静寂を破るようにそう言った。

桜もその光を見る。

あと半月もしたら、あの光に乗って尚はまた遠くへ行ってしまう。

「そうかな、尚にそう言われると自信つくよ」

ワンテンポ遅らせて、尚は言う。

「いい先生だと、思う」

道は、平坦なものからやや角度がつく。

少し、歩くテンポも遅くなる。

途中、何人かとすれ違うものの、ほぼ2人だけの空間で、お互いの吐く息さえ聞こえてきそうだ。

「あ、着いた」

「ここ……」

「覚えてる? 小さい頃よく来てた公園」

小高い丘があり、その丘の上にはベンチがある。

そのベンチは、ひっそりとそこにある。

昼に見るその姿は、丘の頂点にあり太陽の光を浴びて堂々としているように見えるのに、夜にはその存在感が消えている。

尚はそこまで行き、それに桜を座らせた。

椅子に座って一息つくと、そこに広がる夜景に気が付く。

< 32 / 142 >

この作品をシェア

pagetop