音楽のほとりで
「桜覚えてる?」
「もしかしてあのかくれんぼのこと?」
「そうそう」
2人がまだ幼かったころ、この公園に来てかくれんぼをして遊んでいた。
この公園は結構な広さがあり、しかも木もたくさん生えていて、隠れる先には困らない。
しかし、鬼側からすればその公園を探すのは大変なものだ。
「桜が隠れるの上手すぎて、結局2時間くらい僕探してたんだよね」
「そう、でも、隠れてる私もだんだん不安になってきて、尚がもう帰っちゃったかと思ったの」
結局、桜の泣き声で尚はその居場所を見つけることが出来た。
その時の桜の声は、今までの人生の中で一番と言っていいほど大きなものであった。
「でも僕、本当に焦ったんだよ。桜がもしかしたら悪い人に連れていかれちゃったんじゃないかって」
「でも、最後までちゃんと探してくれたもんね」
「うん……桜、ちょっといい?」
桜が尚の方を向いた時、尚は軽く桜の唇にキスをした。
桜は突然のことで、一瞬頭の中が白くなる。
徐々に、その柔らかい感触が桜に伝わってきて、それは桜の心にすうっと溶け込む。
「ごめん、いきなり」
「ううん」
桜は、無意識にその唇を触る。
ーーびっくりしたけど、嫌じゃなかった。
「恋人だもんね、僕ら」
「そうだね」
「……僕さ、今日桜のことずっと見てたでしょ。それで、やっぱり桜を連れて行ってしまうことなんてできないって思ったんだ。桜から大切なものを奪えないって。だから、僕一人でフランスに戻るよ」
どこかの光を見つめながら、尚は寂しげな横顔でそう言う。
「尚……」
桜の気持ちは、まだまだ定まっていなかった。
答えを出すには、1か月なんて短すぎる。
「だからさ、あと半月だけは恋人でいさせて?」
「うん……」
より一層、その横顔には哀愁が漂う。
私はブラームスにはなれないのかな、桜は1人そんなことを思っていた。