音楽のほとりで
尚は、切れ長の涼しい目を丸くして南のことを見ている。
片手には、カップを持ったまま。
そんな尚の様子を見ると、南はやってしまったというような顔をして、早口で話し始めた。
「あ、えっと……。そっか、私は尚さんのこと大学時代から知ってたけど、尚さんは私のこと知らないし、こんなこと言うの迷惑ですよね?!」
そしてつい、文末に力が入ってしまう。
「あ、いや、迷惑だなんてそんなことは。ただ、少し驚いたというか」
尚は、その手に持っているカップを1度テーブルの上に置くと、姿勢を正して南の方を見た。
「えっと、あの、知り合いからはダメでしょうか……?」
恐る恐る、声を絞り出して南は尚にそう尋ねた。
「うん、いいよ。全然」
その言葉に、緊張していた南の表情は解けて、柔らかい笑顔を作り出す。
桜とは違い、ふんわりとした雰囲気を持つ彼女だったが、尚は思い出していた。
実は、尚は南の演奏を聞いたことがある。
それがいつだったかは思い出せないけれど、女性とは思えないダイナミックな音で、力強かった。
だから、尚は存在だけは知っていた。
彼女が同じ大学であることを。
ただ、話したり会ったりしたことがなかったために、そのことは特に言わずにいたし、言う必要が無いと考えていた。
「尚さんは、この近くに住んでるんですか?」
「うん、そうだね」
「私もです、よろしければ、パリの街を案内してもらえませんか?」
「もちろん、僕でよければ」