音楽のほとりで

ある休日の1日、南はパリの街中で人を待っている。

「尚さん」

南は、歩いてくる尚の姿が見えると彼に向かって小さく手を振る。

「おはよう」

尚はそれに気づくと、同じように手を振りにこりと微笑んだ。

この間の約束通りに、2人は午前からパリの街中にいた。

さすが世界に名を知られているパリであって、色々な国からの観光客でこの都は賑わっている。

「パリ観光はしたことあるので、普通に街並みを見て歩きたいです。尚さんが普段使っているオススメのお店とかあればぜひ」

「うん、分かった」

尚は、それじゃあ、と言いどこかへ向かって歩き始める。

そして、話題は2人の共通点であるコンサートのものになる。

「今度のコンサート、楽しみですね」

「うん、そうだね」

尚は、当たり障りなく会話に相槌を打つ。

「尚さんは、コンサートの時ってあまり緊張しないですか? 私、人前で弾く時は必ず緊張しちゃって」

「僕も緊張するよ。だからいつも深呼吸を3回してから舞台に上がるんだ」

いつだって、好きな人のために弾こうと思って奏でる音楽は、どんなに簡単なものだって手が震えそうになる。

でも、いざ桜の姿が見えた瞬間、その緊張はさあっと風が吹いて落ち葉をさらうように無くなってしまう。

そのおかげで、落ち着いて音を奏でることができる。

尚は、そのホールから見える桜の姿を思い出すと、南には分からないくらい小さく微笑んだ。

「私も今度それやってみます。深呼吸を3回ですよね」

「うんそう、2回でもなく4回でもなく3回。なぜか、3回なんだよね」

2人は、話をしながら歩いて、途中バスに乗ったりしてついに目的地へと辿り着いた。
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