音楽のほとりで

「奏音さんは、ピアニストのお友達とかいるんですか?」

桜は、話題を変えようと音楽の話を出してきた。

まだまだお互いに知らないことが多いけれど、音楽は2人の共通のもので、桜と奏音を繋ぐ大切なものだ。

「いますよ、だけど急に表舞台から消えてしまったんですよね。あまり桜さんに言うのは良くないとは思いますが…………高倉尚と同じコンクールで2度彼に1位を取られてしまってから見なくなったんです。僕の遠い親戚なんですけどね。偶に会ったりしてました。今頃どうしてるのか…………」

「そう、だったんですね」

「ええ、僕はピアノがあまり上手ではないので、弾きこなせるだけでもすごいと思ってた。それを本人にも伝えたんですが……。また表舞台に出てきてくれることを願ってますよ」

桜は、複雑な気持ちになる。

尚が悪くないことは分かっているけれど、尚が原因で消えてしまったピアニストがいるのもまた事実で、でもこのことは決して尚に話してはならないと桜は思った。

「奏音さん、もし次に彼に会ったら、あなたのピアノが好きですって伝えてあげてください」

「好き……ですか?」

「はい。きっと、そうしたらその彼もまた舞台に立てるかもしれないから」

「そうですね」

桜は、あの時尚が話してくれたことを思い出していた。

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