音楽のほとりで
2人は、途中どこかに寄ることなく真っすぐと席に向かって行った。
「なんだか、パリでのことを思い出しますね」
ちょうど、パリの時と同じ並びで2人は座っている。
「たしかに。あの時が初対面で、こんな風に隣の席でしたよね」
「僕、まさかこうしてまた2人でコンサートに来ることが出来るなんて、思ってもいませんでした。今でも夢なんかじゃないかと」
「…………そんなこと、ないですよ」
「はは、大丈夫ですよ。ちょっと、お手洗い行ってきますね」
奏音は席を立つ。
1人残された桜は、まだ暗い舞台を見る。
黒く大きなグランドピアノが、その存在感を放っている。
久しぶりに見る尚は、どうなっているだろうか。
たった数か月だけれど、変わってしまっただろうか。
それとも、またあの変わらない笑顔を向けてくれるのだろうか。
「うんん、今は奏音さんがいるんだから」
桜は、ピアノから視線を外した。
「ただいま」
「おかえりなさい」
尚が帰ってくる頃には、席も先ほどよりも埋まっている。
「桜さんは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「楽しみですね。今日は、素晴らしい若手奏者がたくさん聴けますから」
「はい、みなさん、すごいですよね。きらきらしていて、雲の上の存在って感じで」
「桜さんも十分すごいですよ」
「ありがとうございます」
話しているうちに、コンサートは華やかに幕を開けた。