音楽のほとりで
美鈴は、言う通りに次の日の午前中に桜の元へ来た。
手には、いつも行列のできているショコラティエの紙袋が。
「美味しいものでも食べながら話そう」
蓋を開けると、食べてしまうのが勿体ないほど芸術的なチョコレートが並んでいる。
オレンジ、緑、水色など、それはもはやチョコレートという領域を超えているかのようだった。
表面には傷1つなくて、光が反射して輝いている。
「コーヒー、淹れてくるね」
「ありがとう」
「で、昨日の話だけど、桜にそれを言ったのはそもそも誰なの?」
「それはごめん、言えない」
美鈴のことだから、もし言ってしまったらその人のところまで行ってしまうんじゃないかと、桜はそう思ってしまう。
それくらい、美鈴はいつも人のことを考えてくれていて、その人の為に行動してしまう。
「……分かった、誰なのかは、もう聞かない」
美鈴は渋々ではあるものの納得したようだった。
それでも、その眉毛には少しだけ力が入っているように見えて、悲しみなのか怒りなのか、何かの感情を抑えているように見える。
「で、その人が高倉くんの新しい恋の相手なの?」
「多分」
「桜にそんなことを言う人が?」
桜は一瞬その言葉に躊躇ったものの
「でも、正論だから。実際、何も言えなかった」
と事実を受け入れる。
「まあ、確かに、音楽って厳しい世界だよね。プライドも必要な世界だし」
ふうっと美鈴は、学生時代のことでも思い出したのか溜息をつく。
「才能の世界はたしかに厳しい。でも、その人は桜のこと何も知らないじゃない」
「美鈴……美鈴には、いや、誰にも言ってないことがあるの」
桜は、持っていたコーヒーカップをそっと置いて、力強い目で美鈴のことを見た。
その目を見ると、美鈴は自然と姿勢を正す。