音楽のほとりで
紅茶を1人1人の前に置いた桜は、皆に再び深くお辞儀をする。
「なんだか、本当にごめんなさい。みんなに迷惑かけてしまって」
「桜さんにもきっと、何か事情があったんですよね?」
そう、奏音はいつもの穏やかな口調で一切桜を責めたりはしない。
そんな奏音を、美鈴は見ている。
「少しだけ、心が揺さぶられてしまって」
というと、外で大きな風が吹く。
ざあああっとそれは音を鳴らして、桜の部屋にその音が響く。
そして、かさかさと葉を揺らす音も聞こえてきて、急にどこからか雲も現れ始めた。
「僕、このままフランスに帰るなんてできないな……」
それを言う尚の声は、決してふざけているようなものではなかった。
「大丈夫だよ、奏音さんも美鈴もいるから。尚は向こうでピアノの練習しなくちゃ」
桜は尚がふざけていないと分かってはいても、突き放すようにその言葉へ返事をする。
そして、私がいなくても、隣にいてくれる人がいるでしょう? と、心の中で尚に問いかける。
もちろんその答えは返ってこない。
「たくさんの人に、尚のピアノを聴かせてあげて」
「桜……」
美鈴は、桜の手を強く握りしめた。
尚は、その桜の言葉に応えることはしなかった。
いや、したくなかった。
「あともう少ししたら、また2人きりにしてくれる? 今日は女子会って決めてるの」
「ははっ、そうでしたか。分かりました」
「はいはい」
美鈴は、やんわりと2人にそう言うと、桜は握られた手を握り返した。