音楽のほとりで
「帰ってきましたね」
空港から街に来ると、南はフランスの空気を名一杯吸っている。
「都会の空気は、どこも一緒ですね」
「うん、なんだか淀んでいる感じがするよ、都会の空気って」
「ですね」
大きな荷物を引っ張っている2人は、交差点で「じゃあ」と言って別れた。
1人になった尚は、部屋に荷物を置くといつものカフェにいつものコーヒーを飲みに行く。
とは言っても、いつものように朝のコーヒーではなく、もう夕方になろうとしている頃だが。
一口飲むとそれをテーブルに置き、パリの暗くなり始めている空を眺めた。
桜は、一体何を隠しているのだろう。
ゆっくりと動く雲を目で追いながら、溜息をつく。
疑いたくないとは思いつつも、どこか読めない南のことを考えるが、やはり肝心なことは何も掴めない。
南の言うことが正しいのか、嘘なのか……。
考えていると、ポケットの中のスマホが揺れる。
「あ……」
その人から初めて来たメールに、尚は少し緊張しながらそれを開いた。
「成宮ルイ……偶然……かな」
それは、この前南とあの公園で話した人物の名前で、奏音からのメールにもその名前が書いてあった。
内容は、その人物について今何をしているのか知っているかというものだった。
けれど、尚にも今彼が何をしているのかは何も分からない。
また、どうして奏音がこのことを聞いてくるのかも検討が付かなかった。
それに、ピアニストの世界では、それまで有名だった人が突然表舞台に出てこなくなってしまうのはそう不思議な話じゃない。
だから、ルイに関しても、特に今まではそう深く考えることはなかった。
「ううん、でも、知る方法もないし……」
テーブルに肘をつき顎を手で支え猫背になっている尚は、誰にも聞こえないくらいの大きさで、独り言を言う。
とはいうものの、カフェにいる皆はそれぞれ読書をしたり何か熱心に話し込んでいたりして、尚の言葉を聞いているものは一人も居ない。
尚は、一旦コーヒーを一口飲んで考えることを止めた。