音楽のほとりで
ある日の午後、朝から休みなくピアノを練習していた尚は気分転換に街を散歩していた。
ちょうどよく風が吹いて、心地が良い。
とはいっても、まだ少し肌寒い5月は、薄めの上着が欠かせない。
尚は、街の色にも合う深緑色のジャケットを着ている。
すると、ある人物が視界に入ってきた。
「あ、南さん」
出会ってから今まで、街中で偶然会うことはなく、いつもどこか自分を作っている南しか見た事がなかった尚は、好奇心で南を目で追う。
南は尚に気付くことなく、無表情で口角が下がった顔でスマホを確認しながら歩いている。
すると、サングラスと帽子を被った人物が南に近づき、彼女と合流した。
その人は背が高く、体つきも服で隠れてはいるものの骨っぽい感じがして、恐らく男性であることが分かった。
以前に会ったマネージャーではないことははっきりと分かる。
サングラスと帽子のせいで顔も見えず、だからと言ってそれ以上詮索をしようとしない尚は、これ以上南の姿を追うことを止めた。
「普段はあんな感じなんだ」
尚と会う時の南は、どこか可憐な花のような感じで、今見ていた南はどこか冷たく人を寄せ付けない雰囲気をしていた。
いつものふわっとしたものは一切感じられず、あの南が弾くヴァイオリンの音のような鋭さがある感じ。
ああ、なるほど、と尚は思った。