シュガーレスでお願いします!
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クライアントとの面会予定が長引き、後回しにしていた書類作成に追われ、気が付けば時刻は午後8時を回ったところだった。
仕事にひと段落ついたところで、事務所を出て帰路につく。
エレベーターを待つ間に私用の携帯をチェックすると未読のメッセージがずらりと表示された。
『今、成田に着いた』
『モノレールから見える夜景が懐かしい』
『家まであと10分だ』
メッセージはすべて慶太からのものだ。
どこぞのホラー映画のように居場所を実況中継されても困るんだけど……。
こちらは仕事中なんだから返信はできないと言っておいたのに本当に懲りない男だ。
日本に帰ってこられるのが、よっぽど嬉しいのだろう。
慶太はフランスで開催されるパティシエの世界一を決めるコンクールに出場するために10日前から家を留守にしていた。
2日前にコンクールは無事に終了し、慶太は見事優勝を飾ったのだった。
日本人では初の快挙だそうだ。
慶太から届いたメッセージをひとつひとつ確認していく中で、ふと私の指が止まる。
『早く、比呂に会いたい』
近況を知らせるとりとめのないメッセージの中で、それだけが心の琴線に触れる。
結婚してからこんなに長い間離れていたのは、実は初めてのことだった。
私だって多少の寂しさくらい感じている。
フランスから疲れて帰ってくる夫を優しく労ってやらないでもない。