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奥寺法律事務所から駅を挟んで、反対側の住宅地。駅前の繁華街を抜け、徒歩10分ほどの距離。

築3年と比較的新しい8階建分譲マンションの5階にある2LDKの一室が私と慶太の新居である。

人気エリアの物件だけあって家賃は決して安いとは言えないが、すれ違いの多い私と慶太の職場から近いこともあり、内見するやいなや即決した。

大型スーパーや病院からはやや遠いけれど、職場からは徒歩圏内だし、なにより満員電車で通勤する苦痛に比べたらなんてことはない。

凱旋を祝うべくスーパーで食材を買い込み愛しい我が家に帰宅すると、物音を聞きつけた慶太が直ぐに玄関までやってくる。

「ただいま、比呂」

そう言って私の頬にすかさずキスを贈るこの男こそ、有馬慶太その人である。

「おかえり、慶太」

挨拶が逆だが、慶太にとっては10日ぶりに懐かしの我が家に帰ってきたのだからこの場合、ただいまが正解だろう。

「はあ……。10日ぶりの比呂だ……」

慶太は頬にキスするだけでは飽き足らず、私に抱き着きひたすら嬉しそうに頬ずりをする。

(ああ、鬱陶しい……)

慶太から熱烈歓迎を受けて、先ほどまであったはずの労わろうという気持ちが一瞬で冷めていく。

私は背後霊のように背中にへばりつく慶太を背負ったまま、スリッパを履き、廊下をスタスタと歩くのであった。

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