シュガーレスでお願いします!
「比呂、ずっと会いたかった……」
「はいはい」
わかった、わかった。
慶太の愛情はよーくわかったから離してくれない?超、重い。物理的にも心理的にも超、重い。
10日ぶりですっかり忘れていたけれど、慶太ってこういう男だった。
「本当にうちの奥さんは照れ屋だね」
……照れてるんじゃない、嫌がっているんだ。
デレデレとだらしなく頬を緩ませているこの男が、あの有馬慶太だと一体誰が思うだろう。
こう見えて慶太は、製菓学校を卒業後、単身フランスに渡り、有名パティスリーで修行した経験に基づく高い技術力と、持ち前の鋭い味覚と他を圧倒する抜群のセンスを併せ持つ稀有な存在だ。
若干32歳にして、国内外のコンクールでいくつもの賞を獲得するという華々しい経歴を誇る天才パティシエなのである。
フランスから帰国し30歳で友人である古村大輔と構えた店”soleil”は、今や2人の作ったケーキを求め全国から客がひっきりなしに訪れる超人気店だ。
タウン誌で大々的に特集されたことをきっかけに、最近ではテレビにも活躍の場を広げ、着実にお茶の間の人気をかっさらっている。
癖の強いはちみつ色の髪、アーモンド型の薄茶色の大きな瞳。女性と見紛うほどの長い睫毛。ケーキに負けない極上の甘いフェイスとふとした時に見せる真剣な表情のギャップがたまらないと女性からの評判は上々だ。
私の前では世界一残念な夫なわけだけど、世間的には人気者らしい。
だからと言って、何もかもを許せるわけでもない。