口説き文句は空腹を満たしてから
「いい食べっぷりっすね」
口一杯に頬張る私を見て、ふっと耐えきれなかったように微笑んだ伊澤さん。
気恥ずかしさで固まった私にまた小さくふきだすと、お箸をおいて水をぐっと一気に飲み干した。
……笑うと頬の高い位置にえくぼができるんだ。眠そうに無表情を貫いていたのに、不意にかわいい顔してくるのはやめてほしい。
つぼに入ってしまった彼の笑顔にひとしきり固まったあと、牛丼に添えられた紅しょうがをつつきながら言葉を探す。
「お見苦しいところを見せてしまってすみません……」
「え?いや、俺が勝手に見てただけなんで。こちらこそすみません、迷惑でした?」
さっきの笑顔が嘘のようにまた無表情に戻った彼は、声色だけを申し訳なさそうにトーンをさげてこちらをのぞきこんでくる。
運ばれてきてまだ数分しか経っていないのに、もう半分ほどなくなった伊澤さんのどんぶりと、同じく半分ほどになった自分のものとを見比べて、思わず出てきそうな言葉を頭のなかで揺らす。
“引いちゃいますよね?”……なんて。
もう会うこともないだろうと思ってやけくそぎみに食べてたけど、いざ“いい食べっぷり”なんて言われるとまた性懲りもなく今まで付き合っていた人の言葉や、友人の言葉を思い出しちゃった……
ネガティブな思考に視線がどんどん下を向いて、少なくなった目の前のどんぶりを見つめた。