毎日5分の片想いから始まるピュアピュアで甘々な恋物語
「それで、秀次君よ。君は初恋をしてから4か月間、何も進展がないわけ?」
土曜日の放課後、午後の予定を話し合う生徒で賑わう教室の端っこ。
秀次は小中高と同じ学校に通う親友の佐久間翔に問い詰められてた。
「だってその子と俺は赤の他人なんだぜ? 進展のありようがない」
「声を掛けるんだよ声を。名前を、連絡先を、週末の予定を聞け。恋愛ってのは自分から動かなきゃ何も始まらねえんだよ」
「それってナンパじゃん……。相手からの印象最悪」
「そうか? レナちゃんも、ユリちゃんも、サヨちゃんもこの方法で仲良くなったけどな」
ナンパが当たり前じゃね? とでも言いたげな顔をする翔に秀次は思わず長めのため息が出る。
もちろん呆れのため息だ。
秀次はある日を境に髪を真っ金金に染めて、固めのワックスでバッチリとセットし、ついでに派手めの耳ピアスを付けるようになった親友の性格を思い返す。
(昔は真面目だったんだけどなあ……。制服も大胆に着崩しちゃって……)
佐久間翔は基本的に男としてクズだ。
気になる子がいたら片っ端から声を掛け、断られても基本ノーダメージ。自分を受け入れてくれた女の子と遊びまくり、飽きたらまた別の女の子に手を出す。
同時に5人と付き合った時だってあったはずだ。
もちろん浮気がバレて、全面的に自分が悪いにも関わらず、秀次に向かって散々愚痴をこぼしてきた時もある。
そんなどうしようもないチャラチャラとしたクズ男とも長い付き合いで、いつしか翔は秀次にとって親友と呼べる存在になっていた。
今だって茶化している訳ではなく、本気で力になろうとしてくれてることはわかっている。
一見ふざけているアドバイスも、10年の付き合いの中で恋愛のれの文字も出てこなかった親友の初恋を応援したい一心からのものだろう。
もちろん初恋をしたと伝えてから暫くは、俺にも見せろだの、押し倒せだの五月蠅いだけだったのだが。
「まあ、秀次には秀次のやり方があるのはわかってる。1億年に1人の超絶美少女とただの平凡な乗客A。4か月間そうだったように、お前が初恋の女の子と今の関係で良いなら俺はこれ以上何も言わんよ」
「いや、俺だってお近づきになりたいとは思っているけど……」
「だったら行動あるのみだろ。目の前に奇跡的なチャンスがあってどうして何もしないんだ」
こればっかりは秀次にも思うところがあるので耳が痛い。
(思えば本当に奇跡的なチャンスだよな……)
初恋をするきっかけとなった、最寄り駅を7時11分に出発する電車の5号車2番ドア右角の席。
入学式の次の日、もしかしたらまた会えるかもしれないと僅かな希望に懸けて同じ席に座ったところ、本当に虹橋駅で意中の女の子が乗車してきた。
しかも座ったのは昨日と同じ席。つまり秀次の真正面だ。
だからといって2人の間に何か変化が起こるわけではない。
翔の言う通り、1億年に1人の超絶美少女とただの平凡な乗客A。
美少女はタイトルからして恋愛モノの小説を読み、Aはスマホを弄りながらチラチラと正面を覗き見る。
虹橋駅から桐山町駅。たった5分の空間を共有するだけの関係。
相手が乗る電車を変えれば。時間を変えれば。号車を変えれば。
このたった5分間の関係すらも消えて無くなってしまう。
それなのに。
「4か月間も学校がある日は毎日同じ電車で顔合わせてるんだろ? 何度も言ってるが、相手がお前に合わせている可能性の方が高いだろ。そうじゃなきゃ、これはもう運命としか言いようがない。どちらにせよこの恋は絶対に上手くいくはずだ」
高校生にもなって大真面目な顔で奇跡の運命だのロマンチックなことを言う翔に苦笑しつつ、秀次は心の中でどこか期待してしまうものがあった。
翔に耳が痛いほど吹き込まれてきた、1億年に1人の超絶美少女が秀次に会うために電車を合わせている説。
何でそんな事をするのか。それは秀次が身をもって知っている。
好きな子に会うため。つまり見事なまでの両片想い。秀次が恋をした女の子もまた、秀次に恋をしているという状況。
そんな少女漫画のような甘い思考をしてしまうのもピュアな男子高校生には仕方がないことだった。
(まあそんな上手い話し無いよな。大体相手は高嶺の花だし……)
応援してくれる親友には悪いと思いつつ、秀次は現状で満足していた。
しかし、翔にとって好きな女の子をただじっと眺めるだけというのは理解に苦しむらしい。
今の様に放課後の教室だったり、駅前のファミレスだったり、時にはメールで秀次に一歩を踏み出すよう何度も発破をかけていた。
「と、に、か、く行動しろ! 男なら当たって砕けろだ! 俺はいつでもそうしてきた!」
「今日はいつになく熱いな。俺はその熱意を少しでも再来週の期末テストに向けて欲しいよ」
「そりゃあ赤点ギリギリのテストそっちのけで熱くもなるさ。俺より秀次の方がやばいんだぜ?」
「何言ってんだよ。俺はこれでも学年上位だ。学校サボりまくって女遊び。赤点取って補習くらう可能性があるのはどう考えても翔だろ。このままだと貴重な夏休みが――」
秀次は自分で言いかけて気づいた。
今は学校があるから毎日電車で1億年に1人の超絶美少女の姿を拝むことが出来る。
裏を返せば学校が無い日は当然意中の相手とは会えないということだ。
たったそれだけの単純な話だった。
「期末テストが終わったら夏休み……つまりあの子と会えなくなる!?」
「そういうこった。行動を起こすなら今しかないだろ」
当の本人よりも状況を把握していた親友が、地面に無造作に置かれた通学カバンを何やらゴソゴソと漁りだした。
ようやく底の方から一冊の本を取り出すと、机の上に置いて秀次に押し付ける。
「これは……?」
「乗客Aから友人Aに昇格するためのアイテムだ」
アイテム、と言われてもイマイチ話の要領が掴めない。
黙って続きの言葉を待ったが、同じく翔もだんまりしてしまう。
どうやらまだ説明する気はないらしい。
読め、という視線を翔から強く感じ、促されるまま目の前に置かれた本の手に取る。
「樹本真夜著、8月の粉雪に君と笑う……」
そのタイトルと青空の下で男女2人が手を繋いで見つめ合っている表紙のイラストに見覚えがある。
昨日から初恋の女の子が読み始めてた小説だ。
何でそれを翔が持ってるんだと疑問に思ったが、直ぐに納得のいく回答が見つかる。
一週間前くらいから、初恋の女の子が読んでいる本が変わったらタイトルを教えろとしつこく言われ、遂に昨日その時が訪れた。
かなり熱心に聞いてきため、直ぐに電車の中でメッセージを送ったのに返事が大分素っ気ないもので不満だったのを覚えている。
意図が全く分からないが、わざわざ同じ本を買うために何度も聞いてきたのだと今ならわかる。
「一体何を企んでいるんだ……?」
どういう風の吹き回しかと、秀次が思わず眉をひそめて疑いの目を向けてしまうのは仕方のないことだった。
もう10年の付き合いになるが、翔からは誕生日プレゼントすら貰った覚えがない。
金は女にしか使わないと豪語する親友からの突然の贈り物は申し訳ないが普通に気味が悪い。
自分でも柄じゃないことをしていると自覚があるのか、翔はポリポリと頭を掻いて苦笑する。
「月曜日、いつもの席にこの本を置き忘れてこい。麗秀学院に通うお嬢様だ。絶対に拾って次の日にお前に返してくれる」
「また何でそんな相手の厚意を利用するようなことを……なるほど、そういう事か」
またしても秀次は自分で言いかけて親友の意図を察した。
つまりはこの本をきっかけに初恋の相手と接点を作れということだろう。
「秀次にいきなり話しかけろってのは無理だろうからな。相手から話しかけてもらう作戦を考えた」
「か、翔さん……!」
「ただしそこから話を広げられるかは秀次、お前次第だ。本を返してもらってそれで終わりじゃ、乗客Aに逆戻り。土日使って本の内容を頭に叩き込め。そうすれば共通の話題が出来るだろ」
「か、翔様……!」
段々と敬称の度合いが上がっていくことを良い気にしたのか、翔は満足げに笑みを浮かべて席を立った。
床に放置していた通学カバンを拾い上げ、そのまま秀次に背を向けて歩き出す。
「じゃ、俺は今からデートだから。健闘を祈るぜ」
「恩に着るよ。今度何かお礼するわ」
「別にいいってことよ。俺が勝手にやったことだしな」
普段はどうしようもないクズ男という認識だが、背中越しに手を振って廊下に消えていった今この瞬間は翔がとてもカッコよく見えた。
作戦が上手くいったらハンバーガーセットを奢る必要がありそうだ。
親友が背中を押してくれたら、後は自分が行動するのみ。
(絶対に仲良くなって見せる……頑張れ俺!)
秀次は机の上に置かれた本を再び手に取り、来たる月曜日に向けて小さく気合を入れた。