君への愛は嘘で紡ぐ
その理由は言うまでもない。


母さんは察してくれたみたいで、それ以上お嬢様のことについては言ってこなかった。





目が覚めると、一瞬知らない場所で戸惑ったが、すぐに旅行に来たことを思い出した。


今まで自分で金を稼いでやりたいことをやってきたけど、誰かのやりたいことを一緒にやるのも、悪くない。


浴衣から持ってきていた服に着替え、顔を洗う。
その途中に母さんが目を覚ました。


「おはよー……」


母さんは目を擦りながら洗面所に来た。
母さんが顔を洗えるように少しずれる。


「おはよ、母さん」


お互い顔を洗い終えると、旅館を出る支度をする。


「もうちょっと遠くに行ってみるのもいいかもね」


母さんはまた窓の外を眺めている。
背中しか見えなくて、どんな気持ちで言っているのかわからない。


「……そうだね」


俺がもっと元気だったら、遠くに行くことも、長く寝泊まりすることも可能だ。
それが不確かだから、今回みたいな旅行になった。


それでも楽しかったから、俺は満足だ。


「そうだ、汐里ちゃんにお土産買って帰ろうよ。あと、どこかに寄るのもありだね」


振り返った母さんは笑顔で、俺は少し安心した。
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