想われて・・・オフィスで始まるSecret Lovestory
『直斗あたりは勘づいてるだろうけど、あまりおおっぴらにはしたくない』
というのが社内恋愛への佐倉さんのスタンスだった。

木曜の夜、終業後に駅の反対の方向にあるカフェで待ち合わせて、タクシーを拾った。
「天現寺へ」と佐倉さんが告げる。

「僕がときどき行くイタリアンなんだけど。希望も聞かずに選んでしまった」

「いえそんな、忙しいのにありがとうございます」
うーんなんか、会話が他人行儀だな。付き合っているひととはいえ、上司でもあるし、知り合って日が浅いから、まだぎこちなさが抜けない。

今日も佐倉さんはダークトーンのスーツに、スタンドカラーの白いシャツという格好だ。ネクタイが必要な場以外は、この組み合わせで何着も揃えているのだとか。
そういえば、世界的コンピューター会社の創設者が「選択にかける時間と労力を節約するため」と、常に黒のセーターとジーンズを身につけていたのを思い出す。一流の仕事人というのは、シンプル傾向に行き着くんだろうか。
とはいえすっきりしたフォルムの上質なスーツは、佐倉さんの存在感をかえって際立たせている。

天現寺の交差点から恵比寿方面へ入って、静かな一角でタクシーを降りた。
品のいい植え込みが配されたビルの、半地下になっているゆるやかなアプローチをおりてゆく。佐倉さんが扉を開けると、橙色の光が広がる空間があった。

「こちらも佐倉さんがデザインを手がけたお店なんですか」
通された席についてそう問うてみる。
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