彼女になれない彼女
終業式の夜ご飯
店に入ってきた時、平良は手ぶらだった。

「あれ?タッチは?」
「ああ、持ってこなかった。」
「あんなに読めって言ったのに。」

今日体調不良のために保健室で少し休んだ後、ママが車で迎えに来てくれた。
家で横になって休んで今に至るわけだけど、私はずっと平良が言ってたタッチが気になってた。

平良は「まあ、あれだ。」と言っていつもの椅子に座る。

「俺、浅倉南じゃないし。」

また何言ってるんだ、この人は。

「分かってるけど・・・」
「いや、そうじゃなくて。あんな人間じゃないから。保健室のは嘘。」
「はあ?」

平良はママの姿を見つけて「あっ」と思い出したように、そっちへ向かう。

「すみません、昨日はご馳走さまでした。」

ママの「いいのよ〜。お疲れ様だったわね。」という声が店に響く。
と同時にどこからともなくお客さんたちの間から労りの拍手が起こった。
平良がぺこぺこお客さんに頭を下げてテーブルに戻ってきた。

「すごい、選手みたい。」
「まあ、選手だからね。」

平良がまた椅子に座る。

「で、なんだっけ?」

何話してたか忘れたらしい。

「浅倉南だとか、違うとか・・・」
「ああ、そう、俺は浅倉南じゃないから保健室で言ってたのは嘘。」
「意味分かんない。」

「なんで分かんないかな〜」と平良が頭をかく。

「普通に見えてるのかもしれないけど、俺だって全然普通じゃないよ。」
「?」
「むりやり普通に見せてるだけだ。」
「ふーん。」

私は口を尖らせる。

「俺は、昨日改めて思ったけど、ここで食べる定食が大好きなんだよ。」
「・・・え?」

平良の脳内が私にはよく分からない。

定食を運んできたママが言葉を聞いてすっ飛んで来た。

「平良くん、ありがとう!」

定食をドンッとテーブルに置くと、平良の手をギュッと握った。

「はい!」
「おじちゃんもおばちゃんも、平良くんのために毎日頑張るからね!」
「ありがとうございます!」

私の前で繰り広げられる茶番。
なんだこれ。

「ごめん、さっぱりわけわからないんだけど。」
「お前、文系のくせに読解力ねえな。」
「わけわからない。」
「だから、普通にしてないとここの店に来にくいだろって。」
「・・・はあ。」

平良は私の反応に呆れたようにため息をすると、「いただきます」とご飯を食べ始めた。

そういえば私も普通に話せるようになってる。
体調もかなり良くなってた。

「ママー、私もちょっとご飯食べるー。」

私は食欲なくて夕ご飯がまだだったけど、平良が食べてるのを見たら少し食べられそうな気がしてきた。

私が立ち上がろうとすると、平良の手に止められる。
平良が立ち上がって私の代わりに厨房に行ってくれた。

平良って優しいんだよなー。

ママが少しだけご飯と豚汁をわけてくれたみたいで、平良がお盆に乗せてもってきてくれた。

「ありがと。」
「いーえ。」

いつも通りに、平良はまた食べ始める。

昨日のキスが水で流されたようだけど、それでいい。

私たちには、この感じがピッタリなんだと思う。

でも今日は、一緒に学校まで行ったから少しだけ一歩進んだような気がした。

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