期間限定『ウソ恋ごっこ』
あぁ、早く考えなきゃ。早く、早く、早く!


早くしないと、お別れはもう目の前に……。


「……!」


気がついたら、あたしは先輩の腕の中だった。


こんなに強く抱きしめられたことは一度もないくらい、先輩は両腕にギュウギュウと力を込めてくる。息もできないほど頭からすっぽりと包み込まれて、大好きなあの香りを感じた。


先輩と初めて会ったときのコロンの香りだ。


「幸せだった。一生忘れない。さようなら」


ささやかれた言葉と、髪に降るキス。


あたしが答える間も与えず、先輩は素早く身をひるがえして走り出した。


「ま、待って!」


慌てて手を伸ばしたけれど、先輩の後ろ姿は瞬く間に遠ざかり、夜の闇に紛れてしまう。


とっさのことで追いかけることもできず、先輩が消えた道の先を呆然と眺めながら立ち尽くした。


行って……しまったの? 本当にこれで終わったの? こんなに呆気なく?


「彬。ねえ、彬!」


あたしは先輩の名前を呼びながら必死に暗闇の中で目を凝らし、耳を澄ませた。


もしかして、あたしのところへ戻って来る足音が聞こえるんじゃないか? 姿が見えるんじゃないか?


そうやってオロオロと辺りを見回して、好きな人の気配を探して、求めて。


バカみたいに突っ立ったまま、どれくらい時間が経ったんだろう。


待っても待っても耳に聞こえるのは、どこかで鳴いている犬の声だけ。目に見えるのは、角を曲がって走って来る車のライトだけ。


結局、先輩は戻ってきてくれなかった。
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