不可逆の恋
1.彼の恋愛on
1.何でもない始まり
大好きだった。ずっと一緒にいたかった。ただそれだけだった。どこへ行くのにも一緒で、美味しい食べもの、素敵な景色、全てを共有できるのは貴方しかいなかった。私は貴方といると、幸せになり、安心して、でもとても胸を突くような苦しさを感じていた。それって当たり前のことだったのかな。どうして我慢できなかったのかな。
私の心の中は、エンドレスに悶々としており、少しぼっとすると心の中の下に堕ちる渦巻きにあっという間に飲み込まれる。2週間経っても、3週間経っても、1ヶ月経っても私の心の中に空いてしまった小さく深い穴は、一向に埋まらない。
私は幸い友達に恵まれていて、励ましてくれたり、旅行に連れって行ってくれた。嬉しい、楽しい、いつも通りの感情は満たされるのに、空いた穴だけ充たされることはなかった。そのうち、私はこの小さく深い穴なんてなかったかのように心の奥に隠すようにした。闇のような空気の代替用品も見つからず、ただ工事中の標識を立てて一向に進まない暗闇として放置した。私以外から決して見えないようにした。
「瑠優、まだ引きずってるの?」
カフェでお茶でもと誘った高校からの親友さやかは心配そうに私を見つめた。
「なんか大分薄れてはきたけど、次の恋したいとかそう言う気分でも...」
私がそう言いかけているのと同時くらいに、彼女は私のスマホを手に取り、今流行っているマッチングアプリをダウンロードし始めた。
「えーなにこれ。面白そう」
心無い言葉を呟く。アプリなんて正直馬鹿馬鹿しい。
「恋の穴は、次の恋で埋めるの!もう1ヶ月。そろそろそんな暗くいちゃだめ」
さやかの自信はどこから来るのだろう。なにせ彼女は、マッチングアプリで付き合い1ヶ月程度で計三度も別れている。それでもこれを私に勧めるのだから、彼女は別れがあってもこのアプリにメリットがあると考えているんだ。
悶々と考えて、答えのない道をループしてるよりは、こんなくだらないアプリをやる方がマシかも。たしかに。自然と乗る気になった。ただ私の心の内は、こんなアプリをしている男にまともな人なんていやしないということしかなかった。
なんだかんだ私たちはかれこれ3時間、カフェで夢中になって、知らない男にひたすらいいねしたり、届いたメッセージに返信したりして楽しんでいた。
さやかと別れ、私は徐にアプリを開く。
いいね!ありがとうございます!!
トップ画はどこの景色ですか?きれいですね。
マッチングできて嬉しいです。
いろんな言葉の集合体が次から次へと届く。その度に私は、元彼のことを思い出し、こんなはずじゃなかったのに、こんな得体の知れないモテない奴らと一から始めなきゃいけない。
闇に堕ちていきそうになった。
目眩がした。
やっぱり新しく前に進むことを享受できない自分がやっぱり本当の自分なんだ。
アプリなんて、普通に生きてて彼女ができないような人がやるものだという先入観。
一方で、じゃあ私は?彼氏と別れて次に進むために始める人。いや、人に振られて捨てられるような魅力のない人。いずれにしても、よくはない。
いやいや、どうせ価値のない時間しか過ごさないなら、頑張ってみても悪くないじゃん。メッセージ返すのに夢中で辛さも忘れられるかもしれない。ね。
ゆっくりアプリを閉じて悶々にはもう動じなかった。次進もう。
アプリなんて馬鹿馬鹿しいなんて最初から思わなかった。結局のところ、今の社会がこのアプリを作ったんだ。需要も供給は一致しているからアプリで付き合う人は増えている。遊びたいやつらはそれらでマッチングして遊ぶ。否定的な部分はむしろない。要は、単に興味があった。もちろんきっかけは自発的ではなかったが。
「はい冨樫、また別れましたーーー」
高校の部活仲間の悠人が叫ぶ。今日は定期的に集まる高校の会を渋谷で行なっていた。面子はいつもの4人。バスケ部の中でも、特に仲の良かった奴らだ。
「今誰と付き合ってたっけ、あー!サークルの同期の巨乳の!」
「ちげーよ、なかたんでしょ。学科の教職のかわいい子!!」
皆の見事に外れまくっている答えに、動揺が隠しきれない。ん。そんなに付き合ってたっけ...。記憶。大学1年で確か、サークルで付き合って…?でもすぐ別れたんだっけな、あ、いや5ヶ月は長いか。そのあとは、教職の授業で出会った子と付き合って、それは3ヶ月くらい?なんで別れたんだっけな。んー。
見兼ねた悠人がフォローを入れる。
「ちがいます。バイト先の居酒屋の後輩の恵美ちゃん。ほら、冨樫のファンとかいって付き合った子」
「あーーーーー。」
2人揃えてなるほどという感じに収まった。
「てか、この前付き合ったばっかだよな?」
「2ヶ月くらい」
「なんで別れたん」
「うーーんなんでだろ。合わなかったんかな」
悠人が、少し間を持たせて言った。
「お前をさ、高校の時から見てきたけど、一言言う。女の子と興味で付き合うの、やめね?」
「それはどういう?」
「お前の性格。興味あることにはとことん熱中、でもある程度までいくと急に冷める。いいとこでもあり、でもさー女の子にとってはかわいそうだよね、要はやり逃げって思われても仕方なくなるぜ?」
罪の意識はあるかと言われると、たしかに全くないわけではない。でもどうしようもないのだ。知ってしまったものに興味が湧かないのは皆んな同じだと思っていた。
でもみんなはだからこそ、興味で付き合ったりはしない。相手の気持ちをきちんと受け止めて返すようなややこしくて、難しいことをしていたんだ。
自分はいかに未熟であったか思い知ったわけであるが、どうもそんな自分を憎めない。悔い改めようとも特に思わない。だってそれが自分だし。
「手短なとこからひょいひょい釣らないで、たまには無数の中から運命を見つけてみるとかいいんでは!」
悠人がスマホの画面に、今流行りのマッチングアプリを出した。
「運命か。いいねーー面白そう」
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