見習い夫婦~エリート御曹司と交際0日で妊活はじめます~
「母はとにかく厳しかった。礼儀作法や人との付き合い方、一柳家の跡取りとして相応しくあるべき言動をしっかり叩き込まれたよ。そんなことばかりで……家族との楽しい記憶は、すぐには思い出せない」


徐々に雲がかかっていくような暗い声色になり、話し終える頃にはまつ毛が伏せられていた。

子供の頃から厳格にしつけられていたことがわかり、少し気の毒な気持ちになる。

わが家は決して裕福ではなかったが、楽しかった出来事や会話はいくつも思い出せる。

それが難しいというのは、自由に遊ぶことも、ご両親と気楽にコミュニケーションを交わすことすらもままならなかったのだろうか。

もしかしたら、周さんは心の栄養が豊かではなくて、笑わないのはそれが原因のひとつでもあるのかも……。

というのは勝手な想像だけれど、彼が今心の片鱗を見せているのは確か。それを無視することはできない。


「……特別なことはしなくても、こうやって話しているだけで、私は楽しいです。周さんが楽しいと思えることも、これからたくさんしていきましょう」


ふわりと微笑んで、明るい言葉をかけた。ふたりで助け合って歩んでいくことは、私の願いでもあるから。
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