見習い夫婦~エリート御曹司と交際0日で妊活はじめます~
祖父が亡くなる直前、突然思い出したようにこんな話を語り始めた。


『昔、私の親友同士が結婚したんだ。ふたりとも華族でな。奥さんのほうは私と一緒に悠久流を習っていて、結婚祝いに彼女の女紋を描いた煎茶道具をプレゼントした。流水紋と紅葉の、美しく珍しい模様だった』


祖父の親友同士が結婚したという話は以前から知っていたが、女紋を描いたプレゼントの話は初耳で。それ以外にも、親友夫婦の話は晩年になって度々出てきた。

老齢故の昔話かもしれないが、祖父がふたりをとても大切に思っていたことは、話しているときの表情を見ていれば明らかだった。

親友ふたりは、残念ながら二十年以上前に事故で亡くなったらしい。彼らの娘も結婚しているそうで、『どこかで元気にやっているといいんだが』と心配そうにしていた。


今、俺の前で悠久流を披露しているこの女性は、おそらく祖父の親友夫婦の孫にあたるのではないだろうか。だとしたら、彼女も旧華族のはず、だが……。

先ほどここに案内してくれた、この子の父親である泰永さんは、『いつもはぐーたらしているズボラな娘なんですがね、煎茶道をするときは人が変わるんですよ』などと、日頃の彼女をおかしそうに暴露していた。
< 207 / 275 >

この作品をシェア

pagetop