とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「――えぇ?」

「キスで治まるぐらいの生易しい気持ちじゃないから、すげえ臆病になってるよ、俺」

ポンポンと頭を撫でると、立ち上がろうとした。

彼が離れていくと、――そう感じてしまった。

例えるなら、一段抜かしした階段を駆け上がるような激しい動き。

疲れるとわかっていて、早く駆け上がりたくて息を切らすその気持ちによく似ている。

怖かったのは、彼のために伸ばしていた髪をどんな表情で彼が切り落としたのか。

どうして切り落としたのか。今までの私の傲りや勘違いを全て切り捨てられた。

表情を見る前に気を失ったのは、私が一矢くんを本当に、――だったから。

「華怜、さん」

立ち上がった彼のシャツを握った。

表情が見たくて、自分から触れて、見上げて。

「キス、したことないの。試して」

どうして一段抜かして階段を駆け上がったのか。

急いだ先で私は何をしたかったのか。

「試すなら全部、一矢で試すんだよね?」

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