とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「そんなの、急に言ったら彼の迷惑になるじゃない。一矢くんの肩書を知ってるでしょ」

「もう自分の孫のようなものだ。会って何が悪い」

 実はまだ孫ではないと言ってやりたい。

「ほれ、昔、小僧だった時に髪を切ったんだろ? 傷害で被害届を出すとお前の母の玲華が息巻く中、じいちゃんが説得したんだぞ」

「だからって。彼だって忙しいのに――」

 すぐに携帯で無理に来ないよう連絡を取ろうとした。

 カバンから携帯を取り出そうと横を向くと、タクシーが店の前で止まるのが見え、そこから慌ただしく出てくる一矢くんの姿が見えた。

 本当にまじめな人だ。少し前に、お昼のお弁当を一矢くんの分も作ろうかって提案したら『ゆっくり食べる時間がないし勿体ない。あと会食が入る場合もあるし』と残念そうに断っていた。

ゆっくりできないお昼に、わざわざこんな場所まで来てもらうなんて申し訳がない。

「忙しいのに、華怜のためなら駆け付けると。ほうほう中々じゃないか」

「おじいちゃん」
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