とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
 おじいちゃんが頼んだリゾットと彼が席に到着するのがほぼ同時だった。

「すみません。遅くなりました」

「一矢くん、本当にごめんなさ――っ」

「ほーい。お土産じゃよ。シンガポールのマカデミアナッツ」

 私が喋るのを遮るかのように、大衆向けのお土産を彼に差し出していた。

「わあ、行かれたんですね。いただきます」

「それ私ももらったから。二つも食べきれないから」

「それそれ、じいさんの傲りだ。なにか食べなさい」

「いただきます」

爽やかに笑う一矢くんからは、忙しさとか慌ただしさもない。

仕事が多忙なことも、きっと抜け出したことも心配させないように徹底して隠している。

それが社会人として普通なのだとしても、申し訳なかった。

「すみません。このメニューの中で比較的早くできるのはどれですか」

ウエイトレスさんを掴めて、メニューを広げ尋ねる。

するとランチセットを薦められ、彼は私に微笑みお礼を言うとそれを注文した。

私も視線で謝る。おじいちゃんはこんな気まぐれで振り回すってことを伝えておけばよかった。

「ほうほう。お互いのことを気遣う姿は、流石だねえ。すっかり夫婦じゃな」

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