とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
『10年以上ぶりですよね。なんで突然会いに来て、結婚なんですか? 過去の贖罪? 男性恐怖症になった私に責任を感じてるの?』

「……分からない」

あの瞬間は本当に分からなかったんだ。本当にどうしていいのか分からなかった。

ただ俺もきっと彼女を傷つけた時から、ずっと女性不振で、そして君しかいないと思っていたに違いない。

三人目のうそつきは俺だよ。

自分の心が分からず、自分にも君にも嘘をついていた。

『一矢くんっ』

名前を呼ぶときのまぶしい笑顔を覚えている。

髪を触ったり褒めると、耳まで真っ赤になる彼女が好きだった。

つまらない女子の嫉妬を気にしない、凛とした姿勢が好きだった。

風にさらわれる彼女の美しい髪が俺は好きだった。

「好きなってもらえなくても、いい。せめて男性恐怖症だけはなんとかしてみせる」

玲華さんは、華怜のために嘘をついて悪役になってくれた。

何を言ったのか分からないが、華怜はしばらく俺のとは目さえ合わせてくれず、いつも俺の首に下がったネクタイを睨んでいたっけ。

名前さえ呼ばれないのに、同じ空間にいるのは辛いわけはなかったけれど、これまで彼女が俺のせいで転校までして時間を無駄にしたのだと思ったら、我慢できる。

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