とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
私は、恋を知らない。

だから今、思い出しても胸がとろけるようなこの感情の名前が分からなかった。

どうしていいのか分からず、彼の背中に手を回してしがみついてみた。

すると、反射的に彼が両手で私の肩を押さえて逃げた。

「――なんで」

戸惑う表情の彼が面白い。感情がめちゃくちゃ。

普段クールな顔をして、そんな風に感情に振り回される顔ができるのね。

「怒ってないよ。騙されたことに怒りはない」

「お願いだから、傷ついているなら優しさを見せないでいい。俺のことをめちゃくちゃに傷つける権利は君にはある」

「でも義務じゃない。……私もきっと同じだよ。騙されたのに、そこまでして私を好きでいてくれていることに、なぜか感動している」

どうしてか自分でも自分の気持ちがコントロールできないんだって告げると、彼の顔がゆがんだ。

「駄目だ。俺を傷つけてほしい」

「私の髪を守ってくれてありがとね」

「俺の都合のいい夢を見ている気分だ」

震える声が愛しくて微笑んでしまった。

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