とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
大人になったから分かることがある。

遠回りしたから分かったこともある。

無関心にしたから見えてきたことがある。

ああ。

なるほど。私は一矢くんに髪を切られたことで拒絶されたように思えたんだ。

一矢くんの特別だと思っていた自分の世界が壊れたあの日から随分時間がかかってしまった。

何もかも見ることをやめた私に、彼は懸命に叫んでくれていたんだね。

今も昔も。

「貴方のことがきっと、好きなんだ」

 銅像のように固まった一矢くんの瞳が揺れている。

「まあ、よくわかんないけど、嫌いじゃないってぐらい? 私ぐらい面倒くさい奴によくもまあ根気よくかかわったな――」

言い終わる前に再び抱きしめられた。

人の話を聞いてほしい。そのせいで私たちは10年以上もすれ違っていたんじゃないの。

「俺に優しくすると、勘違いするけどいいの」

「どんな勘違い?」

クスクス笑いながら、一矢くんの背中を掴んだ。

「今度こそ、君を幸せにしたいって。君も俺のことを思っているって」

勘違いさせる復讐なのかって、そんな酷い台詞まで吐く。

今までの私の態度からして疑心暗鬼になるのは仕方ない。

それに私だって、まだ名前が知らない。

でも抱きしめられてこんなに胸が熱くなって幸せだなって思うなら、それが答えだと思う。

「幸せにして。幸せにしてください」

たった今、世界で一番幸せだと言おうとしたが、せっかくなので意地悪で言わなかった。

彼が「ちょっとまだ顔を見せられないから」と言うので、クールな彼の表情になるまで長い時間抱きしめられた。

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