とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「一矢くん、どのケーキが良い?」

「先に選んでいいよ」

「じゃあモンブラン」

 光り輝く栗が、私に食べてと言っている。

「あ、苺じゃないの」

「え?」

モンブランの隣に、これでもかと苺が乗ったタルトが確かにアピールしている。

この中で一番豪華だ。

そうか、私が苺好きだと勘違いしたままなんだ。

「ふふ。一番好きだから今日は、一矢くんにあげる」

今日から私は好きな食べ物に苺と書くことにしよう。

「それでですね」

ソファから生還した一矢くんが、ドリップした珈琲を注ぎながら、今だ耳を赤らめて言う。

「もうちゃんとしていいよね?」

「ちゃんとって何を」

「引き出しに入ったままの婚姻届」

そうだった。

私たちが偽装だと知っているのは、母だけだ。

「俺ももう待てない。逃がさないために今からでも――いや、大安吉日にしよう」

「ぷぷ」

珈琲を置いた彼は、そのまま自分も座るとカレンダーをスライドして大安を探し出した。

真剣に探す彼の様子が面白可愛かったので、フォークに苺を刺して、口に押し付けると素直に食べた。
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